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025,魔法袋の魔道具



 翌日には、財布袋の改良魔法式――魔法袋の魔道具が完成していた。

 さっそく試してみたところ、手持ちにあった口を紐で絞るタイプの袋の内部の空間が見事に拡張された。

 財布袋と比べると、まず口の大きさが違うので様々なものを入れることができる。

 内容量もかなり大きく、財布袋とは雲泥の差だ。

 これは本当にやばい。

 商売に使ったら物流革命が起こるどころではないし、迷宮での荷物の運搬に割く労力が激減する。

 迷宮では物資の補充がほとんどできない。

 水は魔道具や魔法で、食料は魔物の肉や採取で補えるものの、装備や道具など、さすがに限界がある。

 大型の荷車などを持ち込んではいるが、馬などが使えないので運搬はすべて人力だ。

 たまにゴーレム使いなどが、迷宮内でゴーレムを生成して荷車を引かせることがあるが、ゴーレム使い自体が貴重なためほとんどそういったことはないようだ。

 安全な街中ですら高給が約束されているのだから、命の危険がある迷宮にわざわざ足を踏み入れる必要などないのだ。


 ゴーレムたちには、身体能力向上と魔法袋のふたつに絞って量産をさせる。

 今のところこのふたつがほかの魔道具よりも遥かに優先度が高い。

 無論、今後ミリー嬢が父親の資料を紐解き、さらに有用な魔法式を見つけ出すだろうから、製作する魔道具の選定に悩むことだろう。

 だが、これぞ嬉しい悲鳴というやつだ。

 そうだ、これからはもっと魔石が必要になる。

 ベテルニクス商会から大きめの魔石なども融通してもらわねば。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「ようこそ、いらっしゃいました。さあ、私の部屋でゆっくりとお話致しましょう!」

「いえ、申し訳ありませんが、本日は商談に来ましたので」

「そうですか……。では、仕方ありません。応接室へ行きましょう」


 ミリー嬢の様子を確認して、書き上がったいくつかの魔法式を受け取ってからベテルニクス商会ラビリニシア第一支店を訪れた。

 支店がふたつになったので、今後は以前からある古い方を第一支店と呼ばれるようになるそうだ。

 自室にオレを引き込めなかったことを残念そうにしているミーナ嬢だが、すぐにその顔は商人のものへと変わる。

 この切り替えの早さも、支店をふたつも切り盛りする支店長として必要なものなのだろう。


 今日は、ベテルニクス商会のほうで調べてもらったこの世界の稲作についての改善点が主な内容だ。

 特に害虫や病気対策についてだ。

 前提として種籾の選定から始まり、害虫の天敵となる蜘蛛や蛙の飼育や、カメムシやイナゴの繁殖対策など、農薬のないこの世界でもできる方法をいくつか提供した。

 以前どこかで読んだ内容のうろ覚えだけど。

 この世界の病気や害虫対策は、基本的に神に祈るレベルだ。

 特に稲作は普及がまったく進んでいないので、小麦やほかの穀物に比べても遅れがでている。


 米の生産量をもっとあげたいオレとしては、できる限りの知識を提供しておきたいところだ。

 来年以降には、その結果が出るだろう。

 もちろん、地球のやり方で正解かどうかはわからない。

 特に魔物なんてやばい生物がいる世界なのだ。

 イナゴやカメムシにしたって、その大きさからして違うものがわんさかいる。

 だが、やらないよりはマシなので、ベテルニクス商会には頑張ってもらおう。


 すでに丼ものやいくつかの米に合う料理のレシピは提供済みだし、今後もそういったレシピは増えていく。

 米はパン文化の浸透したこの大陸では、珍しく興味を引きやすいはずなので、ベテルニクス商会としてもふたつ返事で改善案を受け入れてくれた。


 そうそう、レシピといえばベテルニクス商会から出向しているモーリッドだが、ついに出向ではなく、正式にうちの屋敷で雇うことになった。

 そのため、新たに出向料理人がベテルニクス商会から追加で派遣されている。

 最近はレシピの開発数が多くなっていることもあり、モーリッドひとりでは足りなくなってきていたのだ。

 うどんのときのような、材料不足による試行錯誤がほとんどなくなったのが効いているのだろう。


 それとは別に、料理ギルドに売却したレシピを使った料理店が開店するらしい。

 うどんや揚げ物なんかがメインの店だ。

 ベテルニクス商会と料理ギルドの協賛で運営されるそうだが、ミーナ嬢に教えてもらった料理ギルドのお歴々の反応をみるに、繁盛しそうである。

 そのほかにも、料理ギルドにはまだ売却していないレシピを使った店も開店させるそうだ。

 こちらは客の反応をみる必要がある料理などがメインとなる。

 ミーナ嬢たちによる試食会だけでは、判断できないような料理もいくつかあるからだ。


 特に豚骨ラーメンなど、実際に食べれば美味しいのだが、匂いが鬼門となっている類のものだ。

 この辺りはまず、周知させることが目的となる。

 ちなみに、ニンニク入り餃子も賛否が別れた。


 ミーナ嬢はあまりお好みではなかったようだが、ほかの人には大好評だった。

 なので、ニンニクを使わない餃子も各種レシピを提供してある。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 迷宮の情報を集めるために雇った、元探索者たちとの契約期間の最終日。

 もうほとんど情報を吸い上げきったのもあって、契約延長になる人は今のところいない。

 だが、これから聞くことによっては、全員が延長になるかもしれないし、そのまま終わりになるかもしれない。


 彼らにとって、探索者を引退せざるを得なくなってから一番高い報酬の仕事だったこともあり、契約を延長してもらおうとかなり必死だ。

 ただ、情報の出し渋りなどあったと判明すれば、すぐにでもクビになることは契約に盛り込まれていたので、わざと情報を渡さないといったことはなかった。

 さすがにその辺は弁えているらしい。


「では、正直に答えてください。探索者ギルドで臨時教官を務めていたときに、有望な若者などはいましたか?」


 これまでの仕事同様、三人にはそれぞれ別の部屋で同じ質問をしている。

 毎日ローテーションで相手をする人間を変えているが、オレの相手は一番最初に雇用が決まった女性――マーシュだ。

 彼女は、さすがは元探索者というだけあって、筋骨隆々の肉体に大小様々な古傷を持つ歴戦の猛者といった風貌をもっている。

 ゲームや漫画でお馴染みの傷を一瞬で治してしまう魔法薬――ポーションといったものは、この世界にも一応ある。

 だが、迷宮でしか手に入らず、さらにはかなり貴重なものだ。

 おいそれと使えるものではない。

 ポーションよりも格段に効能が落ちるが、一応傷薬などの薬品は存在しているので、そのままにするといったことはないが、彼女をみてわかるように、傷を完全に消したりできるほどのものではない。

 魔法については少し事情が違い、回復魔法と呼ばれるものはその存在を一般人でも知っているほど有名だ。

 しかし、教会が独占しており、迷宮へ回復魔法の使い手が同行するといったことはまずない。

 金を払えば使ってもらうことはできるが、それは迷宮の外へでてからの話だ。

 ポーションほどの効果はないが、傷薬よりは遥かに効果がある。

 複数回にわけて何度も使用することで、骨折程度なら数日で完治するというのだから、なかなかに有用だ。

 魔道具化はされておらず、故に教会が完全に独占できている。


 ちなみに、古傷だらけのマーシュだが、右腕の二の腕あたりから下がなくなっている。

 左足も引きずるようにしているので、そちらにも障害が残っているようだ。


 隻腕で足も悪い。

 これでは鍛え上げた肉体があっても、探索者はおろか、人足の仕事も無理だ。

 それでも彼女はハキハキとした丁寧な喋り方や、教え方もうまいこともあって、早々に探索者ギルドで臨時雇用されていたそうだ。


 ほかの二名と違って、探索者ギルドで教官をしていた時間も長いので、今回のオレの質問に対して彼女は一番応えることができた。

 特に、彼女が教官を務めた若者の中に有望な人材が何人かいたそうだ。


 迷宮都市の外から、一攫千金を夢見てやってくる若者はあとを絶たない。

 そのほとんどが現実の厳しさを目の当たりにして夢破れるわけだが、それでも心折れないものは一定数確かに存在する。

 だが、もちろんその全員が大成するわけでも、芽が出るわけでもない。


 しかし、有望なものがいないわけでもない。

 実際に教官を務め、鍛え続ければ一流にはなれなくても、三流、四流どころの探索者としては活躍ができるだろうものたちだとマーシュは言っていた。


 一流やそれに近いほどに活躍できるような人材は、そもそも現実の厳しさに敗れる前に軽々とそれらを超えていくものだ。

 そうでなくとも、ほかの探索者たちの目に留まり、引き抜かれていく。


 何かしらの幸運に恵まれでもしない限り、彼らは長い時間をかけても三流止まりだ。

 そのこともある程度わかっているだろうが、それでも彼らは探索者としての道を諦めない。

 いや、諦められないのだろう。

 彼らの大半は、農家の三男や四男などの自分の畑すら持てない、将来に何の希望もないものたちだ。

 迷宮都市で人足をしつつ鍛え、いつかチャンスをものにできることを希望に日々を耐え抜いているのだ。


 そこに、つけ入る隙がある。


 オレがほしいのは一流の人材ではなく、大結晶を手に入れたときに裏切らないものたちだ。

 恩を売り、信頼関係を築き、様々な枷で雁字搦めにする。

 そのためには、すでに第一線で活躍しているものたちでは不適切だ。

 もちろん、状況によっては可能だろうが、オレにはミリー嬢というダイヤモンドの大鉱脈がある。

 彼女と彼女の父親が残した魔法式があれば、時間はかかっても一から人材を育てたほうが結果的に早道になる可能性が高い。


 何よりも、信頼関係などは構築に時間がかかるものだからね。


 それに、今日ミリー嬢が書き上げた魔法式の中に、それに適したものがあった。

 そういう理由もあって、マーシュたちにはそれなりに有望な若者たちの情報を聞いていたのだ。

 結果的に、三名ともそれぞれ別々の若者たちの名をあげた。

 全員の面接と素性調査を行なってからになるが、彼ら三名は雇用の延長がなされるだろう。

 無論、若者たちの教官役として。



気に入ったら、評価、ブクマ、よろしくおねがいします。

モチベーションがあがります。


2018.6.12 誤字修正

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