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マルメディの虐殺

多少、時系列をいじってますが、ほぼ史実に近い事件です。

なので、胸くそ展開が続きます。

苦手な方はご注意ください。

 ポルシェ・ティーガーは丘陵に残しているようだった。

 Ⅱ号L型『山猫』は、救援部隊を警戒して敵勢力圏の奥へと進んでいる。

 このトラック隊との小戦闘でも捕虜は六人。

 最初のトラックと、二台目のトラックに乗っていた兵士は一名の重傷者を残して、十二名全員が死亡。

 横転した最後のトラックの兵だけが生き残った形だった。

 サイドカー隊の四人が、散らばった書類を集めていた。

 サボゥ・シェーンバッハ中尉は、サイドカーから降りて、重傷の兵に向ってゆっくりと歩いていた。

 歩きながら、腰のホルスターからワルサーP38を抜く。

 雪の上に横たわった兵士と、二言三言、何か会話をしているのが見えた。

 そして、サボゥ・シェーンバッハ中尉は、いきなりその重傷の兵士を撃ったのだった。

 二発、三発と。

 硝煙を曳いて、9ミリパラベラム弾の薬莢が飛ぶ、

 着弾の度に、米兵の体がガクンガクンと震えた。

 武装を解除され、一列に並ばされている捕虜の六人は、無言でその様子を見ていた。

 軍帽を脱ぎ、さっと髪を撫でつけ、また目深に軍帽を被り直して、サボゥ・シェーンバッハ中尉が、捕虜が並んでいるⅣ号戦車の前に来た。

「彼には抵抗の意思があったので、やむなく射殺した。君らも抵抗してみるか?」

 癖のない英語で、捕虜に向って、ワルサーP38を手に持ったまま、サボゥ・シェーンバッハ中尉が言う。

「いいえ、ありません」

 先任士官らしい、若い米兵の少尉が震える声で答える。

「よろしい。テルオー・バッカード准尉、Ⅳ号の銃架に機関銃を設置しろ。ここからマルメディに捕虜を移送する。少しでも逃げる素振りがあったら、殺せ。いいな? うん?」

 固唾を飲んで、テルオー・バッカード准尉が了解する。

 車長用キューポラから突き出ている銃架に、テルオー・バッカード准尉はグロスフスMG42機関銃を取り付け、ドラム・マガジンをガチンとはめ込む。

 コッキングレバーを引いて、そのうえで安全装置をかけた。

 これで、安全装置を外して引鉄を引けば、撃てる。

「同乗させてもらうぞ。バイクは尻が痛くてかなわん」

 サボゥ・シェーンバッハ中尉が、砲塔の後部に腰をかける。

「目標、マルメディ。ここからなら小一時間で着くだろう。出せ、バッカード准尉」


 捕虜の米兵を引っ立てるようにして、雪の中を進む。

 休憩など取らなかった。

 観測大隊の兵士は、戦闘員というより技術者みたいなもの。

 サボゥ・シェーンバッハ中尉が簡単に一人を射殺したのを見て、抵抗の意思はなくなってしまったらしい。

 予想以上に雪が深く、予想より倍以上の時間がかかってマルメディに到着した。

 そこには、ボーネズ村の近くで戦闘となった米軍第285砲兵観測大隊の捕虜およそ百五十名が、降りしきる雪の中、整列させられていた。

 将校と兵卒を分け、後方に送るための準備をしている。

 そこに、我々が捕えた捕虜も加わる。

 輸送を担当した部隊は、既に転進しており、ここには監視のための歩兵小隊がいるだけだった。

 サボゥ・シェーンバッハ中尉が、車長のテルオー・バッカード准尉を連れ、身軽にⅣ号戦車を飛び降りて、監視の小隊長に、我々が連れてきた捕虜を引き渡す。

 車長席のキューポラに設置されたグロスフスMG42機関銃を任されたのは、装填手のレヒャルト・テッケンクラート二等兵。サボゥ・シェーンバッハ中尉の指示だった。

 俺と通信士のロクス・メリエ伍長は、なぜか臨検が終わったはずのマルメディ村の市街地への偵察を命じられた。

 サボゥ・シェーンバッハ中尉の不自然な命令に首を傾げながら、俺はホルスターからワルサーP38を抜いて、村に向う。

 俺の後ろには、MP40/1短機関銃を持ったメリエ伍長が続いている。

「なんだか、気に入らないですね。俺らを、あの場所から遠ざけるみたいな感じがする」

 ぺっと唾を吐いて、メリエ伍長が呟く。

 俺も同感だった。

「シェーンバッハ中尉の上機嫌なツラが気に入らん。何か、企んでいる顔だぜ、ありゃ」

 そう同意した時だった。

 パン・パンという拳銃の発射音に続いて、チェーンソウと仇名されるグロスフスMG42機関銃の発射音と怒号が響いたのは。

 何事かと振り返る。

 遠目に、蜘蛛の子を散らすように米軍第285砲兵観測大隊の捕虜が森に向って走っているのが見えた。

Ⅳ号戦車の砲塔の上からテッケンクラート二等兵が、地上から短機関銃やライフルを歩兵小隊が、乱射している。

「大変だ!」

 俺とメリエ伍長は、現場に走る。

 その間にもバタバタと米兵が倒れ、さながら畑で刈取りを行っているかのようだった。

 マガジンを変えては、怒号を上げながら歩兵たちが短機関銃を乱射しており、我々を先導してきたサイドカー隊も、グロスフスMG42機関銃を撃っている。

 Ⅳ号戦車に俺たちは辿りついたが、

「死ね! 死ね!」

 と喚きながら、テッケンクラート二等兵が機関銃を撃ちまくっているのを見ることになった。

 俺は、砲塔によじ登り、テッケンクラート二等兵の横面をぶん殴った。

「貴様! 何をしている! やめろ!」

 熱狂から醒めたような顔になって、不思議そうにテッケンクラート二等兵が俺を見返す。

「何って、捕虜が逃亡を図ったので、撃ったんですよ。そういう命令です」

 俺は、コイツの首根っこをつかんで、血に染まった雪原を見せた。

「見ろ! 馬鹿! 非武装の捕虜だぞ! 射的の的じゃねぇんだ!」

 ぶるっという震えが、テッケンクラート二等兵の体を走る。

 折り重なる死体。

 白い雪原は、血で真っ赤だった。

 ほんの少数、森に逃げた者は居たのだろうが、ほぼ皆殺しだった。

「ああ…… ああ…… 僕はなんてことを……」

 まるで、何か汚らわしい物でもあるかのように、テッケンクラート二等兵がグロスフスMG42機関銃から手を離す。

 撃ちまくっていた歩兵小隊も、硝煙漂う機関銃やライフルの銃口を下に向けて沈黙していた。

 死体の山になった場所を、ワルサーP38を片手にブラブラ歩いているのは、サボゥ・シェーンバッハ中尉だった。

 時折、立ち止まっては、まだ息がある米兵に銃弾を撃ちこんで廻っている。

 その後ろを、蒼白な顔をしたテルオー・バッカード准尉が忠犬よろしく付いていた。

「くそ! 俺らを遠ざけたのは、こういうことか……」

 メリエ伍長が吐き捨てる。

「何があった?」

 操縦席で固まっている、操縦手のヨハン・リヒテンシュトーガ上等兵に声をかける。

「俺は、何もしていない」

 譫言のような声。

「何があった! ヨハン!」

 怒鳴った俺に、ノロノロとヨハン・リヒテンシュトーガ上等兵が反応した。

「シェーンバッハ中尉が、捕虜の先任士官と何か会話した後、その士官が突然、走って逃げたんです。中尉は、警告射撃で拳銃を空に向って撃ったんですが、それが合図になったみたいに、他の捕虜が一斉に走り出して……」

 ここで、ごくりと唾を飲みこんで、ヨハン・リヒテンシュトーガ上等兵が吐き気に耐える。

 砲塔から転げ落ちる様に降りた、装填手のテッケンクラート二等兵が、雪の上に反吐をぶちまいていた。

「……あ、あとは、見ての通り。ヤンクスどもは『殺されるぞ』って喚きながら狂った様に走り出して、こっちは逃亡を阻止するために撃ち始めて……」

 パニックが原因だった。

 米兵も独兵も、パニックに襲われていたのだ。

 それが、この惨状を生み出してしまった。

 だが、このパニックを演出した者がいる。

 上機嫌で鼻歌を歌いながらⅣ号に戻ってきた、サボゥ・シェーンバッハ中尉だ。

「あんた! 一体何をしたっ!」

 思わず詰め寄る。メリエ伍長も無言だが、彼を睨んでいる。

 テルオー・バッカード准尉は、気まずそうに下を向いていた。

 中尉はふふんと鼻で笑って

「パイパーの犬め。クラッセン軍曹、貴様が極秘に内部監査をしていること、私が知らんとでも思ったか?」

 俺の胸に指を突きつける。

 俺は、それを乱暴に振り払った。

「捕虜が逃亡を図った。警告したが、無視された。それでやむなく発砲を許可した。普通の事じゃないかね?」

 肩で俺を押しのけるようにして、サボゥ・シェーンバッハ中尉がⅣ号の上によじ登る。

 そして、黙りこくった独軍兵士に演説を始めた。


「聞け! 諸君! 悲惨なことになったが、諸君らに何ら罪咎はない。逃亡を図ったのは、米軍である。非武装であっても、当方の命令に従わない場合は、戦闘行動に等しい。これは、戦争だ! 見ただろう? 民間人の死体を! 戦争のルールを変えたのは、米軍だ! そういういくさを、彼等は所望だ。我々は受けて立とう。殺すか、殺されるか、どちらかしかないいくさを彼らは所望だ! 私は殺される方に立つ気はない! 諸君、殺せ! 一人も生かすな! そういういくさを私も所望だ! わざと捕虜を逃亡させ、射的の的にして遊んでいるのは、米軍だ! 彼らはルールを変えた! 我々も変える!

ただの一人も降伏を許すな! 彼らも同じことをしてくる! 殺せ! 殺せ! 殺せ!」


 黙りこくっていた兵士が唱和する


「殺せ! 殺せ! 殺せ!」


 合唱の指揮者のように、眼を閉じてその声に耳を傾けていたサボゥ・シェーンバッハ中尉がⅣ号から身軽に飛び降りる。

「狂っている……」

 俺の呟きを聞きとがめて、シェーンバッハ中尉が俺の胸倉をつかんだ。


「なら、パイパーに言いつけろ、クラッセン軍曹! 砲撃の名手とやら。私の父親は、生きたまま『カエル喰』(仏国人の蔑称)に焼き殺された。裁判も何もなしに私刑で、だ。父親の絶叫を聞きながら、奴らゲラゲラ笑っていたそうだぜ。私の母親は、髪を剃り上げられて、全裸で電柱に吊るされた。胸には『売春婦』という札を下げられてな。私の妻は、薄汚い糞ヤンクスのくせえチンポコをさんざん突っ込まれた挙句、胎児をひり出すまで腹を蹴られて死んだ。身重だったんだぞ!」


 サボゥ・シェーンバッハ中尉が、そう言いながら、乱暴に俺を突き飛ばす。

 俺は、背にⅣ号をぶち当てた。すごい力だった。


「目についた糞ヤンクスもカエル喰も全部殺す。殺された家族は、そんな事望んでいないとか、聞いた風な事を抜かすなよ。恨んでいるに決まっている。復讐を望んでいるに決まている。だから私は、そういう戦が望みだ。誰も降りることが出来ない殺し合いが望みだ。いけすかないパイパーだって、そういう兵士を望んでいる。一歩も引かない獰猛な兵士を……な。こんな、糞みたいな作戦、上手くいくはずがない。だが、私は一人でも多く、糞ヤンクスを道連れに地獄にいってやる。貴様も、覚悟をきめろ」



 あらゆる機会をつかまえて、プロバカンダを仕掛ける米軍は、これを非道な『マルメディ虐殺事件』として大々的に宣伝。

 武装親衛隊と降下兵に関しては、投降を許さず虐殺せよという公式命令が下された。


 これがパイパー中佐の命令によるとヤクザまがいの言いがかりをつけたが、その証拠は一切見つからなかった。


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