928 飛び入りしてきて即退場
「おや?それこそが私の望みのものなのだがね」
「残念。こちらも譲るつもりはないので諦めてください」
はた目からはにこやかな笑顔での会話に見えたかもしれないが、実際にはお互い敵意むき出しの視線でバチバチとやり合っていた。
「いいのかい?たった百年ほど前にも大国となった三つの国が大きな戦争を起こしたばかりなのだろう?私が王として君臨すればそのような愚かな行いは止めることができる、いや、そもそも争いを起こさせはしない」
正面からは無理だと悟ったのか、攻める方向を一気に変えてきたね。この辺りの柔軟さと引き出しの多さがスラットさんの強みなのだろうと思う。
とはいえ、ボクの答えは「ノー」一択しかないのだけれど。
「それは首尾よくアンクゥワー大陸を統一した国を樹立できてからの話でしょう。その段階に至るまでにどれだけの争いが起きて、どれだけの被害が生まれるのか分かってます?」
「千年、いやそれ以上に続いていく長き平和の礎になるんだ。少しばかりの犠牲は仕方がないというものさ」
「その少しばかりに入ってしまう側からすれば、たまったものじゃないと思うけれどね」
未来のために犠牲になってくれと言われて納得できる人なんて、もはや狂信者の類の何かだと思う。
「……だから安易に権力者になりたいだなんて言う人の気が知れないのよ」
大を生かすために小を殺す。為政者であれば時にそんな決断もしなくてはいけなくなるのだ。ボクには無理。殺す側の中に大切な人が含まれているかもしれないと想像するだけで身がすくんでしまうもの。
余計な情やら何やらに捕らわれることがないという意味では、天涯孤独の身となった今のスラットさんは適任と言えないことはないだろう。
まあ、だからといって『空の玉座』の統括者の座を譲るつもりはないのだけれど。
「やれやれ。交渉決裂か……。君なら理解してくれると思ったのだがね。力尽くで奪うことになるとは残念だ」
「ご期待に沿えなくてごめんなさいねー。こっちでも思い通りにはいかせないから!」
彼の雰囲気が鋭く剣呑なものへと変わったことを感じ取ったボクは、二本のグロウアームズを取り出しては両手でそれぞれを掴む。足元ではエッ君がいつでも飛び出せるように前かがみになっていた。
実のところ、エッ君が付いてくると強引に主張したことでこうなるだろうと読んでいたのよね。なので戦うことに躊躇いはない。さすがに相手がスラットさんだったことは驚きだったけれど。
あの魔法使いがしぶとく生き残っていて、「おのれ、よくも我が野望を台無しにしてくれたな!もはやこんな世界に何の用もないわ!全部ぶち壊しにしてやるう!!」的な自分勝手で自己中極まりない理由で襲い掛かってくるものだとばかり予想していたのよね。
そんな余計なことを考えていたのがいけなかったのか。
「おのれ、よくも我が野望を台無しに……、って、げえ!?スラットぉ!?!?」
唐突に謁見の間へと乗り込んできたかと思えば、どこからともなく銅鑼の音がジャーンジャーン!と鳴り響いてきそうな勢いで叫んだのは例の魔法使いだった。
ただ、先に会った時とは異なり死霊ではなくなっている。もしも秘術が解けてしまった時の対策として、こっそりと肉体を隠してあったのだろう。
「あらら。ボクに言い負かされて泣いて消滅したかと思ってたのに。どこの世界でも嫌われ者の憎まれ者はしぶといねえ」
「ぐぬっ!?きさまの、きさまのせいで我は!!」
「なに?人を騙すしか能がないくせに一丁前にプライドでも傷ついたの?」
「き、きさまー!!!?」
うわー……。なんだか死霊になっていた時よりも退化していないかな、この人?語彙力が低下していることに加えて、感情も制御できていない感じだ。
「おい、三流魔法使い」
「さ、三流!?我のことを三流と言ったのか!?」
返事をしたということは自覚があるということなのでは?ボクはいぶかしんだ。
「お前の出番はとうの昔に終わっている。疾くと消えよ」
「わ、我はまだアンギョエーーーー!?」
しつこく言いつのろうとするのをさえぎり、ピッ!とスラットさんの指先が赤く光ったかと思えば、火だるまになった魔法使いは跡形もなく消えてしまったのだった。まさかの一撃ですかい……。
使用したのは〔上級火属性魔法〕で習得できるドリル系上位の【ファイヤーレイ】かな。ボクの場合、属性相性の良い【アクアウォール】でも防げるかどうかといったところだなあ。
「ふむ。まさかあの二人の敵を私の手で取ることができるとはな」
「……感謝してくれるなら、統括者になることを諦めて欲しいんですけどね」
「悪いが、それはそれこれはこれ、というやつさ」
「ちぇー」
まあ、そこまで甘くないだろうとは思っていたけれど。それでもついやさぐれた雰囲気を出してしまうボクに対して苦笑するスラットさんと、決闘!という雰囲気は随分薄れてしまったように感じる。
「思わぬ邪魔が入ってしまったが、そろそろ始めるとしよう」
「はあ……。ま、お互い譲れないものがあるからしょうがないか。……エッ君やっちゃえ!」
言うや否や、トレアの放つ矢のように鋭くそして速く、エッ君がスラットめがけて突進していく。
「なっ!?卑怯――」
「あなたがやろうとしていることは、そんな非難の声すら上げられない人を大量に生み出すことなのよ!【ウィンドボール】!」
「くうっ!?」
エッ君の攻撃をかわすために動くだろう先を読んで魔法を撃ち込む。先手は取れたもののHPゲージはミリ単位でしか減少していない。どれだけ強いのよ、この人は……。これだけで戦意を喪失してしまいそうだわよ。
それでも諦める訳にはいかないのが辛いところ。魔法直撃の衝撃が残っている間にボクも距離を詰める。
「スウィング!」
「そんな大振りの攻撃に当たるものか!ちいっ、ちょこまかと!」
ぶおん!と左手だけで持った牙龍槌杖を横なぎに振るい、その勢いに任せてくるりと回転していく。背中を向けるというあからさまで大きな隙を見せることで意識を向けさせておいて、エッ君がそれを邪魔するという二段構えの防御法だったり。
「で、こっちが本命なのよ。【ピアス】!」
動作アシスト効果で本来であれば無理な体勢から有効打を放つ。
「ぐあっ!?」
さっきよりは大きなダメージになったけれど……。左の掌で受け止めるとかマジですか!?




