916 二転三転
光の壁が悪霊を押し止めている――物理的にそれどうなの?とか突っ込んじゃいけません――間に、さっさと窮地を脱しますです。逃げられると分かっているのに危険な場所に居続けるようなギリギリのスリルを楽しむ趣味はありませんので。
そして、逃げた先で助けてくれた相手と合流する。
「やあやあ、今頃お目覚めとはお寝坊さんだねお姫様。でも、ナイスタイミングだったし、これ以上の愚痴は言わないで置いてあげる」
「助けてもらった側のはずですのに、随分な物言いですわ!?」
ボクが水と風の中級の魔法を使えるようになっているように、ミルファもまた手持ちの光と雷の属性魔法を中級へと成長させ、ウォール系の魔法を習得していたという訳だ。
ちなみに、ネイトも【アースウォール】を使えるようになっているよ。ただ、彼女の場合は〔回復魔法〕に〔強化魔法〕と、他に優先的にMPを割り振らなくてはいけないことが多いのだけれど。
「さて、ミルファも復帰したことだし長引くと危険そうだから、さっさと終わらせようか」
「気絶していた分は取り返しますわ!」
気炎を上げて言うや否や悪霊へと突貫していく。その気迫に危機感を覚えたのか急いで迎撃しようとするが、体勢を立て直そうともがいている最中では芯が通っておらずその場しのぎの動きでしかない。
「たあっ!せいっ!」
両手の剣が閃くと残り少なくなっていた悪霊のHPゲージが目に見えて減少していく。いやいや、遅れてやって来たヒーローよろしく大活躍してくれるのは嬉しいけれど、これはダメージ量がおかしくないかな!?
「ネイトの強化魔法のお陰ですわ。もっともあの子はこれで打ち止めになってしまいましたけれど」
「ああ、そういうことね」
タネが分かれば納得の話だった。そして会話にも混ざってこないと思ったら、ネイトはMP枯渇の症状で動けなくなっていたのか。
「ますます急いで倒さなくちゃいけなくなったね」
「そのことなのですが、もう一つ残念なお知らせがありますの」
「え?今のこの状況で!?」
「実は先ほどの魔法で、わたくしもMPが枯渇する寸前ですわ」
「まぢですかい……」
闘技もなしに斬りつけていたのはそういう事情もあったのかあ。もちろんMPを消費しないものもあるけれど、使用後に体が硬直してしまうといった隙ができてしまうのよね。
強化魔法の効果も持続しているうちならダメージは申し分ないから、臨機応変に動ける方を選んだのも納得の理由だった。
「ボクたちだけならピンチ続行だと焦る羽目になったんだろうけどね」
足りない分はうちの子たちに補ってもらえばいいのだ。だから、やることはこれまでと同じく敵の注意を引き付けておくこと。
「そういえばそうでしたわね。久しぶりの出番の子もいますもの、きっと大張り切りで動き回っていることでしょうね……」
チーミルとリーネイは奥の手的な立ち位置に居るから、どうしても出番が少なくなってしまうのだ。もっと戦闘なり探索なりに参加させてあげるべきなのかもしれないが、あの子たち自身も自分たちよりも本体であるミルファとネイトが活躍するのを好む節があるのだよねえ。
奥の手と言えば、結局あの子は参戦していないままになっている?
まあ、あの子の成長の仕方は一般的なテイムモンスターとは異なっているようなので問題はないのだけれど。
と、「勝ったな!」な雰囲気を醸し出してしまったのが悪かったのかもしれない。突然悪霊が妙なポーズを取った――顔に当たる部分を覆うように指を広げた左手を添え、右腕を上に高く突き出すという痛々しいもの――かと思えば、こちらからの攻撃に何の反応も示さなくなってしまったのだ。
「でも、ダメージ自体はちゃんと通っているみたい?」
無敵ではなく攻撃を受けた際に発生するひるみやのけぞりといった行動の遅延やキャンセルを防止する、いわゆるスーパーアーマー状態のようだ。
でも、一体何のために?……って、あの怪しいポーズを見れば一目瞭然だった!
「大技の準備をしてる!?」
最初に思い付いたのは距離を取ること。事実、最初の広範囲攻撃はそれでしのいだとすら言える。ところが、今はその時と大きく状況が異なっていた。
まず、悪霊のHPが残りわずかだ。生半可なものでは生き残ったボクたちによって倒されてしまうのは目に見えている。よって、とんでもなく高威力になると推察される。当然該当する範囲も比例して大きくなるだろう。果たして本当に逃げ切ることができるの?
……無理だ。
動けるボクたちはまだしも、MP枯渇状態のネイトは立ち上がることすらままならない。ミルファと二人で肩を貸してたところで三人一緒に仲良く共倒れになるのがオチだろう。かといって彼女一人を見殺しにするなんて論外だ。
「みんな急いで全力攻撃!敵が動く前にHPを削りきるよ!」
採れる選択なんて他にはなかったのだ。
おにょれ、まさか最後でこんな大勝負に持ち込まれるだなんて!防御主体で悪霊の注意を引くことを優先していたボクたちも攻撃に回れば競り勝てるかしら?
龍爪剣斧を振る腕の動きがやけに遅く感じられる。
ミルファの剣戟もいつもなら流れるように滑らかなのに、今はぎくしゃくしてぎこちなく見える。
悪霊の向こう側から絶え間なく聞こえていたうちの子たちの攻撃の音も、なぜだか散漫になっている。
このままでは間に合わない。急速に膨れ上がっていく絶望と諦めに心が押しつぶされてしまいそうになったその時。
前触れもなく炎で形作られた巨人が悪霊の背後に現れると、有無を言わさずにその太い剛腕でもって締め上げ始めたのだった。それだけじゃない。触れたところから燃やし尽くすかのように炎が悪霊の体へと広がり侵食していく。
その様子をボクたちは呆気に取られて見ていることしかできなかった。
言いたいことは分かるよ。「チャンスなのだから今こそ攻撃するべき!」だよね。
でもね、目の前に広がる映像が衝撃過ぎでしてね……。
炎の巨人のベースになっているのは筋骨たくましい壮年男性なのよ。しかもいわゆるイケオジとか言われるタイプだ。そんなダンディーなおじさまが、頭からにょろりと触手を生やした悪霊を背後から締め上げているとか……。
もう腐っているとかいう次元じゃないよ……。




