915 あと少しが遠い
HPの残りが一割を切ったところで、ついに悪霊はボクが恐れていた動きを見せ始めた。威力が大きい叩き付けだけではなく、当たればダメージと共に吹っ飛ばされてしまうストレートパンチや、広範囲で避け難い腕を大きく横に振る薙ぎ払いと、これまで使用していた攻撃を組み合わせてくるようになったのだ。
ボクたちにとって良ろしくない変化はこれだけにとどまらなかった。倒れ込むようにしてこれまた広範囲を巻き込むプレス攻撃の予兆を見せたり、終いには頭頂部の触手までうにょうにょと蠢き出していたのだからさあ大変!
「これはさすがに手が足りないかな……」
行動パターンが判明すればそれに沿って対応していくこともできるだろうが、それを探っていられる余裕もないのが実情だ。それ以前に、特定のパターンなど用意されていない可能性もある。
ボクとの距離に応じて選択しやすい攻撃があることにはあるようなのだけれど、どうやらあくまでも確率が上がる程度っぽいです。
「物語だと離脱していたキャラが「待たせたな!」とか言って再登場してくる頃合いなんだけど?」
ミルファさん、あなたのことですよ。そして彼女が復帰するということは回復にかかりきりになっているネイトの再戦も意味していた。
「そのまえに決着をつけたいの?殺意が増しマシで嫌になりそうだ、よ!」
足を刈るように振るわれた一撃をバク宙でかわす。
いやはや〔軽業〕技能様様だわね。冒険の初期から縁の下の力持ち的な感じでお世話になり続けている。振り返ってみれば、これがなければ体勢を崩して失敗する展開になっていたことは多そうな気がするよ。
その他緊急回避にも一役以上かってくれるので、直接戦闘がメインの前衛キャラはもちろん後衛キャラや生産職にもお勧めできそう。キャラクタークリエイト時の初期技能の枠を一つ埋める価値は十分にあると思います。
しかしながら、そんな技能のサポートにも限界はある。
「ひうっ!?」
チッ!て音がした!?
チッ!て音がしましたよ!!
ワンテンポにも満たないコンマ秒以下で回避が遅れてしまったことで、防具の肩のところを悪霊の三つ編み触手がかすめていった。
「うえっ!?しかもしっかりとHPまで減らされてるし!?」
致命傷はもちろん大怪我には至っていないが、かすめただけでダメージが入るとなると、その分回避動作を大きく取らなくてはいけなくなる。ただでさえ翻弄されているのだ、これが致命的なロスへとなり兼ねない。
「防御に専念するのも限界かな」
何より不味いのが、背面側にいるうちの子たちに対する悪霊のヘイトが高まりつつあるということだ。ボクが脅威と感じられなくなれば、エッ君たちが攻撃にさらされることになってしまう。
「最後の最後で大博打に出ることになっちゃうとは……。勝てない賭けは嫌いなんだけどね」
まあ、負けるのが好きという人はそうはいないと思うけれど。
ただ、丁々発止なやり取りが好きだとか、賭け事特有の空気感が好きだという人はいるだろう。ボクの従姉妹様なんかもそういうタイプだと言えそう。もっとも里っちゃんの場合、一見負け越しているように見えても最終的には賭けた元手以上のものを必ず回収してしまうのよね……。
おっと、話がそれちゃった。いやはや、辛い現実――ゲームだけれど――からはつい目を背けたくなってしまうから困ったものだ。
それでボクが何をしようとしているのかだけれど、答えは簡単。防御だけでダメなら攻撃すればいい。悪霊からのヘイトも稼げて一石二鳥だね!
いや、それどころかダメージまでも与えられちゃうかもしれないのだから一石三鳥かもしれない。
え?そんなに簡単にいくはずがない?
その通りだね。だから大博打なのさ。掛け金となるのはボクの命、だけでは済まないよねえ……。ボクが負ければテイムモンスターの内の子たちも連鎖的に敗北となる。ミルファは未だにお寝んねの最中のようだし、ネイトも彼女に付きっ切りだから、二人だけで大逆転!というのもかなりの無理筋だ。
みんなには申し訳ないが、パーティー全員の命が掛け金といっても過言ではないだろう。
けれど!
「何もしないで負けられるほど、物分かりが良くはないの!」
アイテムボックスから仕舞っていた龍爪剣斧を取り出すと、極限まで引き絞られた弓の弦から放たれた矢のごとく――ボクの心象的にはね――悪霊に向かって突撃していく。それを待っていたかのように迎撃に飛んでくる右の拳をしゃがむことでかわすと、そのまま腕の下をかい潜り正面から右の外側へと駆け抜けた。
悪霊自身の太い腕で頭部が見えなくなった。チャンスだ!死角に居るのをいいことに一気に体の横にまで近づく。右手で柄の中ほどを持ち、左手は剣や突起に斧のある根元を掴む。ギュッと脇を締めるようにして固定すると、
「せー、のっ!」
腰を捻るように体全体で振り、剣部分で深々と脇腹を切り裂いてやった。まあ、相手は実体のない?悪霊でそれ以前にマイルドな表現方法にしてあるから、血がぶしゃー!で内蔵はでろり……、のスプラッターなことにはならずにダメージが入るだけなのだけれど。
え?擬音語の表記から想像してしまった?すまんですごめんなさい。
とにもかくにもHPを削りきるのが目的だから、ダメージが入るのであれば問題なしです。……ちょっとだけ追加効果が出ないかな?と思わないでもなかったけれど。
まあ、頭から触手が生えてくるようなやつだものねえ。今さら普通の生き物的な反応を期待するだけ無駄というものだったのかもしれない。
「うげっ!?」
防御に専念していた時とは違って、今度は集中していたことが裏目に出てしまった。悪霊は壁と魔法陣の間の狭い空間に陣取っていた。そんな場所に無理矢理入り込んだものだから、元の位置へと戻りづらくなってしまったのだ。
これが普段なら後ろに抜けるところなのだが、ボクが居なくなってしまっては無防備な二人が悪霊の攻撃にさらされることになる。
「何としても戻らないと!って、いやああああ!?」
しかし悪いことは重なるもので、狙ってなのかそれともダメージの影響なのかは不明だが、いきなり悪霊が伸し掛かるようにして倒れ込んでくる!?急いで逃げようとするが、このままだと間に合わない!?
わきが!わきが迫ってくるううう!?
「【ライトウォール】!」
あわや大惨事となる寸前、淡く光る壁が悪霊の巨体を受け止めていた。




