910 変態する!?
衝撃波を放つのはHPの残量をトリガーにした単発業だったようで、その後はボクが戦線に復帰したこともあって再びちまちまとした戦いが続いていた。発動までに溜めを必要とする結構な大技のようだったし、さもあり何と言ったところかな。
もっとも、楽観視できるものでもなかったのよね。それというのもつまりは条件を満たすことでまた何かしらの大技をぶちかましてくる危険があるためだ。
そしてその一番トリガーになりそうな条件、HPの五割減少が目前に迫りつつあった。
「また何かしてくるかもしれないから、みんな注意しておいて!」
「今度はどんなことをしてくるでしょうか?」
ミルファの回復を終えたことで少しばかり手すきになったネイトが尋ねてくる。
「んー、定番なのはさっきみたいな高火力で広範囲の技じゃないかな」
分かりやすく一発大逆転できるしね。そして威力に比例して発動までに時間がかかるのもお約束というやつだ。主砲発射とエネルギー充填はワンセットなのです。
「あとは形態変化や行動パターンの追加とか」
元は死霊な上にいきなり巨大化したくらいだから、腕が増えるのなんて序の口で攻撃専門の半独立特殊器官を生み出してきたとしてもボクは驚かないよ。
それらの部位を破壊するとかしない限り戦闘終了時まで影響してくる可能性があるため、個人的にはこちらの方が厄介だと思う。
「確かに後々のことを考えると大技の方が対処しやすいようにも思えますね。……しのぎ切れることが前提になりますけど」
「……そこが一番難しい部分だよね」
「そこの二人!おしゃべりにばかり興じていないでこちらを手伝ってくださいまし!」
おっと、ミルファからお叱りを受けてしまった。だけど心構えにも繋がるからこういう考察も大事なのよ?
まあ、今の段階で戦線が崩壊してしまっては元も子もないので、もちろんお手伝いには向かいますけれど。
「ミルファ、チェンジ!敵の動きにおかしなところがあればすぐに教えてね!」
伸びるように迫ってくる巨大な腕に、側面から渾身の力を込めて龍爪剣斧を叩き付けた。かすかにパンチの軌道がずれたことで悪霊の体勢が崩れた隙に、最前線での抑え役を交代する。
相も変わらず大振りかつ直線的な攻撃だが、大質量ゆえにかすっただけでも大ダメージを受けてしまいかねない。……霊って何だろうね?肉体を失っているはずなのになあ。
しかし、ぐちぐち愚痴っていたところで状況が改善される訳でもなし。やれることに集中しましょうか。余計なことを考えていられる暇がないというのもある。
「うにょわあ!?よくよく考えてみれば大きさに対してこの拳の速度は異常なんじゃないかな!?」
今でも確かにボクたちに比べれば悪霊の動きは十分遅くはあるのだが、その比率と照らし合わせてみるともっとゆっくりでもおかしくはないように感じられるのだ。……命がけの戦いを繰り広げている相手だから余計にそう思ってしまうのかもしれないけれど。
そうして巨大な拳を相手にすること数分、ついにある意味待ち望んでいた時が訪れた。
「敵の動きが変わりましたわ!身をよじりながら腕を振って、こちらを近付けさせないようにしているみたいですの!」
間近だとただの横なぎの腕振りにしか思えなかったのだけれど、離れているとこれまでとは違う何かしらの予兆だとはっきり見分けがついたようだ。
それにしても近寄らせないとはこれいかに?
またもや大技の溜めかもしれないが、距離を取られてしまうのは悪手ではないだろうか?昔の偉い人が言っていたように、どんなに強力な攻撃であっても、当たらなければどうということはないのだから。
……そうなると今回は攻撃ではない?
「みんな急いで全力攻撃!放っておくと形態変化で何が飛び出してくるか分からないよ!」
ボクの言葉にいの一番に反応したのはなんと悪霊だった。身体を捩りながらぶんぶんと振り回していた両腕を、一転して巻き付けるようにして胴体を防御し始めたのだ。
……これは本当に予想が的中してしまうかも。しかし、逆にわざわざ引きはがすような真似をしたということは、邪魔をすることで行動をキャンセルできることを暗示しているとも取れる。敵の意図が読めずに時間を無駄にしてしまったけれど、だからこそ今からでも多くの攻撃を加えて形態変化の行程を妨害しなくては!
「【ペネトレイト】!」
反撃の危険性が低いこともあって、MPを消費して防御力無視の闘技を叩き込んでいく。隣ではいつの間にか戻って来ていたミルファが【マルチアタック】で流れるような連撃を繰り出している。
大小二本の剣による連続攻撃は、剣舞と呼ぶのにふさわしい華やかさだった。プロモーション映像とかにも使えるのではないかな。ああ、でも攻撃を受けている悪霊の方は微動だにしていないから、総合的な絵面はあまり良くないかもしれないね。残念。
絵面が良くないと言えば、ボクたちの頭上の光景もそうだ。ネイトの放った魔法、【アースドリル】が悪霊の頭部に命中してゴリゴリと突き立っているという……。割と本気でドリル系の魔法は演出を改善した方がいいと思うよ。
さらに、背面側も同じく総攻撃を行っているようだ。悪霊の本体で三重はしなかったけれど、ドスドスバキバキゴンゴンペチペチとゆかいな音が聞こえてきていた。
これなら変態、もとい形態変化をキャンセルさせることができるのでは?
そんな淡い期待を打ち砕くかのように、防御に徹していた腕が激しく暴れ出した。
「ちっ、ここまでか。みんな下がって!こっちも体勢を整えるよ!」
狙ったかのようなタイミングの悪さに思わず舌打ちをしてしまう。おにょれ!うちの子たちの情操教育によろしくないから我慢していたというのに!
八つ当たり気味なことを考えながら、ミルファと共に腕の可動範囲から逃れていく。ネイトの居る位置にまで下がった時には、悪霊の行動は最終段階を迎えていた。
顔の前でクロスさせていた腕を勢いよく振り下ろすと同時に、黒い光とでも呼ぶべきものが周囲にふき出し渦を巻く。もしもあいつに口があったなら、「うおおおおおおおおお!!」とか「はあああああああああ!!」といった気合い十分な雄叫びが響き渡っていたことでしょう。
「形態変化を終えた途端に攻撃してくるかもしれないから用心しておいて」
ボクたちが注意深く監視の視線を向ける中、渦巻く黒い光が消失し、形態変化を終えた悪霊がその姿を現したのだった。




