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テイマーリュカリュカちゃんの冒険日記  作者: 京 高
第五十五章 元凶たち

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905 一つの終焉

 初手は軽く渾身の右ストレートから。

 え?全然軽くない?まあ、いつ潰れても構わないというスタンスですので。絶対に許すつもりはないけれど、長く苦痛を与えてなぶるような真似もしませんから。


「まず、自分よりも優れた人やモノがあることを許容できない狭量さがアウトだわ。周囲の人たちもそれに気が付いていたんだろうね。だから師匠を超えることもできなければ、組織の長に任じられることもなかったのよ」

「違う!我は結果を出していた!それをあの連中が醜くも妬んで認めようとしなかったのだ!」

「結果ねえ……。それって誰の基準で?」

「我の研究を最もよく理解している我の基準に決まっているだろう!」


 うわー……。真顔で言い切ったよ。世間一般とのズレを認識できていないと、ここまで滑稽だったり哀れだったりするものなのか。


「はあ……。お話にならないわ」


 やれやれだと言わんばかりに、アメリカンコメディ風な大仰さで肩をすくめつつ首を振る。もっとも、心境的には本当に呆れ返っていたので、それほどわざとらしくはならなかっただろうと思う。


「なにを――」

「あなた基準の評価なんて、他の人にしてみれば何の判断材料にもならないから」


 周りの同意を得られていない、しかも研究者自らが勝手に設定した基準なんて、それはもうただの身勝手な主張だ。少し頭を使えば気が付きそうなものなのだけれど、自分が一番だと思い込んでいたから理解できなかったのかもしれない。


「わ、我の評価が無価値だと……」


 ボクの言葉がショックだったのか、よろめくようにしながら後退りをしている。心なしかその輪郭が最初に見た時よりも薄くなっているような気もする。

 これはもしかしてアレですかね。肉体という鎧がないから精神的なダメージがクリーンヒットしている状態なのでは?

 つまりは人格否定や罵倒(ばとう)する文句でも倒せてしまうのではないかしらん。


 ……やっぱりそれはダメだね。ボクが気に入らないのはそのやり口や態度、考え方なのだ。真っ当にそれを突き崩していかないと、例え楽に勝ててもしこりが残ることになるはずだ。


「だいたい、あなたは矛盾しているのよ。研究に没頭していたいとか言いながら、どうしてこんな場所にいた訳?」

「け、研究には多額の金がかかるものなのである。よって後援者(パトロン)は必要不可欠なのである!」


 一見筋が通っているようだけれど、根本的に捉え違いをしている。そしてそのことを理解していない、いいえ、気が付いていながら目を背けようとしている節がある。


「ボクが問うているのはパトロンの有無じゃない。あなた自身がこの地を拠点にしていることよ。どうしてこんな人間関係が煩雑になるだろうことが分かり切った大都市にしたの?なぜ権力の中枢だった『天空都市』に居るの?」

「ぬ、ぬぬぬぬぬ……」


 まあ、答えられないよね。例え「平伏せさせてやる」という上から目線のものであっても、あれだけ蔑んでバカにしてきた人たちに対してそんな感情を持っていただなんて認められるとは思えないもの。

 多分、この予想は間違っていないと思う。こいつはそんな強い承認欲求を内に秘めているのだろう。昨今のアニメや漫画なら魔法の研究に傾倒していったことも含めて、この辺りで彼の昔語り風な回想シーンが挟まれていることでしょう。こんなやつでも力がなく受け身で状況に流されざるを得ない幼年期にまでさかのぼれば、それなりに悲劇的なバックボーンを形成できそうですし。


 もっとも、ボクとしては下手に感情移入をしたくないから、詳しい事情なんて知りたくもないですけれどね!ぶっちゃけ、尺も足りない。スピンオフ作品で――製作に名乗りを上げる人がいるなら――頑張ってどうぞ。


「うぬぬぬぬぬ……」


 当人はというと、相変わらず唸り声を上げるばかりだ。きっと内心では奥底に沈めていた心情が浮かび上がってきて、それを必死に打ち消そうとしたり逆に認めるしかないと感じていたりと忙しくしているのだろう。

 実力行使に出るなと釘を刺しておいて正解だった。あれがなければ感情が暴走して魔法を暴発させていた可能性が高い。目撃者――ボクたちのことです――を消して完全犯罪成立!と短絡的に考えるかもしれないからねえ。


 さて、こちらとしてはそんな心の折り合いがついて落ち着くのを待ってやる道理などない。

 むしろここが追い詰め時だろう。


「答えられないなら代わりに言ってあげる」

「や、やめ――」

「あなたが『天空都市』にこだわっているのは自分の力を見せつけたいため。あなたは他人を見下しながらも本当は誰からも認められたかった。自己顕示欲と承認欲求が凝り固まって肥大化した怪物、それがお前の本性なのよ」

「やめろおおおおおおおおおおお!!」

「否定するならさらに問うわ。どうして『天空都市』の人たちまで死霊化の秘術に巻き込んだの?他人なんて必要ないなら自分一人だけ死霊になれば十分だったはずなのに」


 とどのつまり、こいつは自分が一番でいたかったのだろう。一番になるためには二番以下の誰かが必要になる。精神だけの存在となって永遠の時を得る、肉体は『天空都市』維持のための動力源とする、といったお題目に乗せられて、王以下この街にいた人たちはまんまと秘術に巻き込まれてしまった。


 ただし一点、誤算だったことがある。彼以外の全員が自我や生前の記憶をなくしてしまったことだ。

 こいつの口ぶりや性格からして大半がそうなるのは織り込みずみだったと思うが、王を始めとした実権を握っていた者たちや師匠だった宮廷魔術師といった実力者は自我が残ると考えていたのではないだろうか。


 さっきも言ったけれど、一番になるためには二番目以下になる人たちが居なくてはいけない。つまり、「俺様凄いだろう!」とドヤ顔するための相手が、「いよっ、この天才!あんたが大将!」と持ち上げてくれる相手こそ必要としていたのだ。


「あ、あああ……。アアアアア……」


 ついに本音を自分自身に誤魔化しきれなくなってきたのか、他の死霊たち同様に虚ろな表情へと変わっていく。だけど、それで終わらせるつもりはない。


「そうやって策を(ろう)した末に、お前の周りからは誰もいなくなってしまったのね。望んだ理想郷なんてどこにも存在しないわ。さようなら、一人ぼっちの王様」


「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!?!?!?!?」


 魂を削るような絶叫を最後に、死霊化の元凶となったそれは消滅した。

 何一つ、その存在した証を残さずに。


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