903 ここで会ったが
「うぬ?なんだお前たちは?」
答えの出せない問題を前にいつまでも悩んでいても仕方がないと、確率二分の一に賭けて飛び込んだ転移魔法陣。その先で意識を保っているらしい死霊と遭遇したことで、乙女の勘ことシックスセンスな嫌な予感の原因はこれだったのかと察することになった。
それ即ち見事に外れを引いてしまったという証拠でもあるのよね。
まあ、肉体安置所並みに薄暗かったり、部屋の中がやけに雑多で散らかっていたりと、転移直後からそれらしい兆候は見られていた訳ですが……。
「こんにちは。ボクたちはただの迷子だから気にしないで。それよりもあなたは誰?」
「ぬ?『空の玉座』に設置してある転移の術式が誤作動を起こしたか?……いや、あれは確か逃亡脱出用で一方通行だったのではなかったか?わざわざ人目がない『風卿』の領地の外れに出口を作ったはず……」
おお!有用な情報ありがとうございます。いやあ、『天空都市』をお片付けした後でどうやってここから退避すればいいのか、これと言って良い案が浮かばずに「なんとかなるさ」とついつい後回しにしていたのよね。
転移先が『風卿エリア』のフィールドに設定されているなら、今でも問題なく使える可能性も高そうだわ。
「まあ、いい。ところで我の名だが」
あ、こちらの質問を覚えていたのね。
「……肉体を捨て永遠の存在となった今の我には不必要なものだろう」
あ、こいつ忘れちゃってるね。しかもそれっぽいことを言って誤魔化そうとしているよ。
「だが、強いて言うならば『この世の全ての真理を暴き尽くす探求の徒』といったところか」
……うわあ、死霊になっているのに中二を発症しているだなんて、ある意味永遠の十四歳かよ。
決まった、とばかりに鼻息荒くドヤ顔を浮かべる彼。死霊といえば無気力無表情がデフォルトなはずなのにやたらと感情豊かだな、この人。
それにしても、
「長すぎて覚えられない。却下」
「なぬっ!?」
こちとら名前とくればやたらと四文字時にはそれ以下に短縮して略称にしてしまう文化で育ってきた身だ。痛々しい中二チックな代物なんて覚えておけるはずがないのだよ。
長いのはラノベのタイトルだけで十分です。
「別案がないようなので、あなたは仮称チューニさんで」
「ぬなっ!?ちょ、ちょっと待て!」
「別にいいじゃない。どうせボクたちと会話するのは今だけなんだから」
秘術を解いて、死霊の皆さんはこの世からグッバイしてもらうからねー。
「うぬ?確かにお前たちは永遠の時を有する我とは異なるようであるな」
ええ、ええ。生身の人間ですとも。まあ、死霊になんてなりたくもなければなるつもりもないけれど。
「それにしても他の連中とは違って、あなたは随分としっかり自我を持ち続けているんだね?」
「ぬっふっふ。すべて我が研究してきたことだから当然のことだ!」
そしてドヤ顔再び。正直とてもウザいです。が、先ほどの脱出用転移術式のこともある。またまた重要そうなことをポロリと口走りそうなのでしっかり聞き出しておかないと!
「つまり自分以外は失敗する不完全な術だったと?」
「ぬぬ!?それの言い様は心外であるな。我のように強靭な精神を持っていれば問題はないと師匠面していたあの男にはしっかり伝えておいたぞ。まあ、多少の思考誘導はさせてもらったが」
挑発して視野を狭めたり、おだててその気にさせたりといったところかな。特に後者は特権階級を自負していた『天空都市』の人々にはこれ以上なく突き刺さったことだろうね。
そのあたりは会話のテクニックの部類だし、文句をつけることはできないかな。それに、ボクも今まさにそれを使用している真っ最中ですので。やんわりとしたものだとはいえ、自分も同じ目に合わされるとはつゆほどにも思っていなかったのだろうなあ。
「その師匠面していた人っていうのは誰?」
「我よりも少しばかり早く生まれていただけの分際で、不遜にも天才だともてはやされて図に乗っていた愚物のことだ。もっとも、あやつが宮廷魔術師なる面倒な役割を嬉々として請け負っていたから、我としては存分に研究に没頭することができたのだがな」
魔法の研究だけでなく権力方面にも才能を割り振りしていた人だったようだ。それにしてもスラットさんは件の宮廷魔術師からの提案だったと言っていたけれど、弟子の研究を自分の成果として報告していたとはね。
……しかし、……そうか。つまりはこいつってことなのね。
「だけど、そうやって研究に没頭し続けていても『古代魔法文明期』のマジックアイテムを解析しきることはできなかった」
「ぬ?何のことだ?」
「正四面体のマジックアイテムのことだよ。せっかく周囲の時間からすらも隔離された空間を作り出せるのに、あれではお話にならない」
研究次第ではそれこそ死霊にならなくても、永遠に生き続けることもできたのではないかしらん。マジックアイテムが生み出す空間に引きこもっている必要はあるけれど、それは今でも大して変わりがないようだし。
もちろんボクの予想だから、『古代魔法文明期』でも似たような使い方をされていた可能性はある。使い方次第では懲役三百年とかも実現――ゲームの世界でだけど――できてしまいそうだしね……。
さて、いきなり核心に迫るようなことを話し始めたことには二つ理由がある。一つはストレートに、こいつがあの悪辣な罠を仕掛けて二人を死に追いやった犯人なのかどうかを確定するため。
あれはリュカリュカの中でもトップクラスに理不尽な仕打ちだと怒りを感じたものだからね。既に自我がなくなっているだろうと言われて矛を収めていたけれど、そうでないならしっかりと報いを受けさせたいと思ってしまう。
二つ目は今現在の段階でどれだけの自我や記憶が残っているのかを確かめるためだ。こいつとの最初のやり取りを思い出して欲しい。「迷子だから気にしないで」こんないい訳にもならないような言葉を真に受けるとか、どんなにマッドな研究者とでもあり得ないでしょう。
つまり他の連中とは雲泥の違いがあるとはいえ、こいつもまた死霊化の影響を確実に受けているといえるのだ。
そこで生前に関与した出来事を取り上げることで、どの程度の反応を示すのか調べてみることにした訳です。
さあ、お前はどれだけの記憶を保ち続けているの?




