901 使命感を掻き立てるもの
死霊とカプセルの中の肉体が他人であることは一目で分かった。それというのも顔立ちから体形、果ては性別までも異なっていたからだ。これで同一人物なのだとすれば、ある意味ドッキリ過ぎる展開だろう。いくら運営でもさすがにそこまでぶっ飛んだことはしないと思う。
「なぜあんなことになっていますの?死霊たちはすべて生前の自我をなくして大陸を支配するという妄執に取りつかれているのではなくて?」
まあ、その手段や方法すらも忘却してしまっているのか、やつらにできることと言えば発見した侵入者を『天空都市』から追い払うために襲い掛かることくらいな訳なのだけれど。
「……もしかして、一番強い願望だけが残ってしまったのかな?」
「死霊それぞれに目的が異なっていると?それだとほとんどの者たちが同一の妄執に囚われていることの説明がつかないのではありませんか?」
「そうでもないよ。ほら、あの当時『天空都市』側は『神々の塔』のすぐそばにまで反乱勢力に押し込まれていたでしょう。それって支配する立場だった彼らにとってはとんでもない屈辱と恐怖だったと思うんだよね」
そこまで言ったところで、合点がいったとばかりにミルファがポンと掌を叩いた。
「大多数の者たちにとって支配者に返り咲くことこそ、一番の願望になっていたということですわね!」
「そういうこと。……でも、あの死霊にとってはカプセルの中の人に会うことの方が大切だったんだろうね」
二人の関係がどういったものだったのか、ボクたちがそれを知る術はない。恋人や夫婦というのが定番どころだろうが、『OAW』の運営だからなあ……。
道ならぬ恋という可能性もあり得そうな気がするよ。ストーカー等犯罪が絡んだものではないことを祈る。
「あんなのを見せつけられちゃうとますます放置する訳にはいかなくなるなあ……」
もしかすると、死霊を放置させないようにプレイヤーの動機づけをさせるためのイベントなのかもしれない。ボクのようにうがった見方をしない限り、あの死霊とカプセルの中の人物は互いに想い合っている関係だったと予想するだろうしね。
まあ、ボクたちの場合はスラットさんとの約束もあるから、死霊の秘術については元より何とかするつもりだったのだけれど。
さて、ここまで大規模かつ長期にわたって魔法を維持していくには触媒や核となる代物が絶対に必要となるはずだ、というのが彼の見立てだ。
で、今さら言葉を言いつくろっても仕方がないのでぶっちゃけてしまうと、その触媒なり核なりになっている物を破壊すれば、秘術を解くことができるだろうという話だった。いやはや、力押しで脳筋っぽくはあるけれど、その分単純で分かりやすいのも確かだわね。
その核のありかだけれど、困ったことにスラットさんにも正確な場所は分からないということだった。
「嫌われ者というか異端扱いされていたからね。それでも第二王子だったり王弟だったりしたからそこそは重大な話を知ることはできていたけど、肝心要な部分はぼかされていることがほとんどだったよ」
とさわやかな笑顔で告げられて、返答に窮したのはついこの前のことだ。いや、もう本当にあんなのどう返せというのか。心臓に悪過ぎるわ。
彼への愚痴はともかく、一等大事なものであるから一等重要な場所に安置されているのでは?というシンプルな予想の元、中枢にして基幹の『空の玉座』を目指しているのだった。
どうせ『天空都市』お片付けのためには絶対に立ち寄らなくてはいけない場所だからね。たとえ外れていてもダメージは少ない、と思う。
「問題は死霊を目撃する回数が徐々に増えている気がすることだよね」
「わたくしたちの勘違い、ではありませんわよね……」
「あまり考えたくはないですが、死霊たちも守らなくてはいけない場所を本能的に理解しているのかもしれません」
そうか、『天空都市』以前から『空の玉座』は存在していて王の支配と権威の象徴となっていたから、そこに惹かれて集っているのかもしれない。
「つまり死霊たちが多くいる方へ向かえばいいのですわね」
「ミルファ、分かってる?その分あっちに発見されて襲われる危険も高くなるんだけど?」
目先の相手を終始している間に、別の死霊が瓦礫や半壊した建物を乗り越えていつの間にか背後に回り込んでいた、なんてこともあり得るかもしれないのだ。
また、さっきもその前も運よく回避できたが、落ちてきた死霊が即攻撃してくるとか落ちてきたやつに踏み潰される危険だってある。
「そ、そうでしたわね……」
正直に言って、このまま正攻法のルートで進むのは厳しいかもしれない。
「玉座というからには、いざという時の緊急用の避難経路の一つや二つくらいはあると思うんだけど」
「緊急避難経路など、直系の一族か当主本人にしか知らされることのない秘中の極みですわ。簡単に見つけられるようなものではなくてよ」
ですよねー。今のボクのように利用してやろうと企む者もいるだろうから、厳重に秘匿された上に隠蔽されていることだろう。
「結局は地道に進んでいくしかないか……、ってあれ?」
とりあえず地上の一階部分へ戻ろうと動き始めたところで、視界の外れにこれまでとは異なるものが映った気がした。
「なんだろ」
好奇心に導かれるようにしてそちらへと向かう。どうかにゃんこをコロコロするトラップではありませんように!
そうして見つけたのは薄ぼんやりと光る魔法陣だった。
肉体安置のカプセルしか置かれていない場所でこんな目立つものを見逃していたなんて!?と自分に呆れそうになったが、よくよく周囲を見回してみれば一階から続く下り階段のちょうど裏側に位置していることに気が付いた。
「外からやって来た人間に発見されづらい場所に描かれた魔法陣ね……。怪しい」
ということで〔鑑定〕先生の出番ですよ。おかしな妨害もなく読み取れたその効果は転移だった。
うん。まあ、なんとなく予想はできていたよね。
「都合が良過ぎるくらいにタイミング良く転移の魔法陣を見つけた訳だけど……、行くよね」
「行きますわ」
「行きますね」
すにーきんぐな行動にも飽きた、もとい限界を感じていたところだから満場一致で転移魔法陣を利用することになりました。にゃんこをコロコロ以下略を願いつつ、ボクたちは怪しい光の中に身を躍らせたのだった。




