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テイマーリュカリュカちゃんの冒険日記  作者: 京 高
第五十四章 『天空都市』へ

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899 美少女の吐息

 えー、そんなつもりはなくてもフラグというものは勝手に立ってしまうものらしい。移動している最中、突如として死霊がボトッと通路の進行先へと落ちてきました。

 その距離およそ五メートル。全力疾走ではなかったことと横から落ちてきたことでこちらに視界が向いていなかったことが幸いして、感知範囲に入る前に無事に立ち止まることができた。まあ、ギリギリの一歩か二歩手前くらいでしたけれどね。


 問題だったのはそいつが落下してきた位置だ。崩れた建物の残骸などで道幅が狭められている上に、逸れるための横道や路地裏などもないときている。こちらへと視線が向いた時点でアウトだ。


 ふと、すぐそばに頑丈そうな扉があるのが見えた。移動前にネイトが気にしていたしっかりと残存している建物、その入り口だった。

 タイミング的に誘導されている、もしくは罠にはめられそうになっている感をひしひしと感じてしまうのですが……。


 それというのも完全体な建物――こう書くと何か全くの別物のように思える……――だけあって隙間がないし、さらに明り取りや換気に用途を限定しているのか覗き込めそうな位置に窓がないため、中の様子がさっぱり分からないからだ。

 つまり、目前の死霊(てき)から逃げたつもりが、死霊(てき)の巣窟へ突入していた、なんてことになるかもしれないのだ。


 とはいえ別の選択肢があるかと言われれば、ない。少なくともボクには思いつかなかった。

 例え今すぐ回れ右して駆け出したとしても、こちらを向いた死霊の視界の外にまでは逃げきれないだろう。むしろその音で発見されてしまうかもしれない。


「運営の思う壺な流れになっていそうで気に食わないけど、みんなこっち!」


 鍵が締まっているなんて絶望的な状況だけは勘弁してよ!と念じながらドアノブを掴んで捻る。すると、重そうな外見からは想像できないくらいするりと内側へと開いていく。

 まるでボクたちを招き入れるかのように……。


 本来ならば扉が呆気なく開いたことや、薄暗い内部の様子に躊躇したり困惑したりするところなのだと思う。が、先述の通りこちらにそんな余裕はなく。身体が入るだけの隙間ができるや否や、すぐにその建物の中へと押し入っていったのだった。


「すぐに扉を閉めて!」


 しかし中に入っただけでは安全を確保できたとは言い切れない。扉を閉めることで物理的な隔離が必要なのだ。……あ、とっても今さらですが、ここの死霊たちは壁や扉をすり抜けることはできません。まあ、だからこそ瓦礫(がれき)をよじ登って、建物の屋根に上がるような変態的な挙動が可能となっている訳なのだけれど。


 小声で叫ぶという我ながら小器用に最後尾のミルファに指示を出す。もっとも、彼女もそれは織り込み済みだったようで、振り返った時には扉へと手をかけているところだった。

 少しばかりの間をおいて、外界との繋がりは断ち切られた。時間をかけたのは音によって察知されるのを警戒したためだ。繰り返しになるが、聴力は著しく退化しているとはいっても消失してはいないので。


 そうして隔離されたその場所は、薄暗いどころか目を凝らすことでようやく端まで見通せる程度の光量しか存在しない気味の悪い空間だった。運良くなのか、死霊たちがたむろしているようなこともない。


「逃げ延びられた、かな……」

「恐らくは……」


 小声でささやき合ってからホッと息を吐く。

 さて、入ったからには中の調査もしておくべきだろう。どうせ表にいる死霊が移動するまで外には出られないのだから、時間を無駄にするのはもったいないというものだ。


 本音?何か面白いものだとか有用なものがあればいいな、と思ってます!


 落ち着いて見回してみれば、十メートル四方の広さに対して天井の高さはせいぜいが三メートルといったところか。外から見た通り窓がないので暗いのも道理というものだろう。明かりの源になっているのは、空間のおおよそ真ん中近辺の天井に据え付けられた丸い玉のようなものが。電球みたいな照明器具だと思っておけば当たらずしも遠からずかしら。


 また、ちゃんと形が残っている外枠に対して、家具や調度品などは朽ちてしまっているのかそれらしきものは見当たらなかった。てっきり建物丸ごと全てを保存なりしているものだと思っていたから、これはちょっと予想外な光景だったね。

 もしかするとギリギリな光量と合わせて、消費魔力を最低限に抑えているのかもしれない。それとも、死霊になればそれらのものは必要ないと考えられていたのかも。


 ふと、クンビーラの冒険者協会、その一階にあるホールの様子を思い出してしまった。あんな風にここもカウンターやパーテーションで仕切りながら使用されていたのかもしれない。


「まだ絶対に安全だとは言い切れないけど、一息はつけそうだね」

「こんな陰気な場所でよく落ちついていられますわね……」


 呆れたようにミルファが言うけれど、気を張りっぱなしでは疲れてしまう。時には不安に思う気持ちを抑え込んででも、緊張を緩める機会と時間を作る必要があるのだ。


「はいはい。いつまでもそんな難しい顔をしていないで深呼吸して。吸ってー、吐いてー。吸ってー、吐いてー。吸ってー、もっと吸って―、一気に吐いて―」


 すーはー、すーはー、すーすーはーと深呼吸の音だけが小さく響く。ミルファもネイトも根が素直だから、有無を言わさずに指示を出せば大抵のことはしたがってくれるのよね。

 いやはや、美少女たちの吐息が充満していくにつれて薄暗い空間が華やかになっていくような気がしますなあ。


「いやいや、本当に明るくなってる!?」


 美少女の呼吸にこんな効果があるだなんて!……まあ、人感センサー的なものが内蔵されていたということなのだろう。何はともあれ、天井の玉から発せられる光は明らかに強くなっていた。目を凝らさなければ見えなかった向かいの壁まで見通すことができるよ。


「下手に動き回らなくても、大まかなところが見て取れるのはありがたいですね」


 再び緊張感をあらわにしながらも、どこか落ち着いた雰囲気でミルファが口を開く。さっそく深呼吸の効果が出ているようで何よりであります。

 そして彼女が言うように動き回らないでいいのは大きな利点だ。どこにどんな罠が仕掛けられているのか分かったものじゃないからねえ。


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