894 意外とそんなものかも
アシッドウーズを倒したボクたちも、冷たい陽炎を下したミルファたちの側も、展開だけ見れば敵にまともに攻撃をさせることもなく完封したかのようだが、こちらの被害も決して軽いものではなかった。
まずボクたちの方だけれど、HPもさることながら武器や防具の耐久値も想定以上に減少していた。欠片が飛び散った際に発生していた煙、あれは単なる?毒ガスではなく酸の特性も持った腐食性のあるヤバい気体だったらしい。
「これから『天空都市』に乗り込まなくちゃいけないのに、幸先悪過ぎだよ……」
これが普通のダンジョンアタックなら諦めて撤退して、再度計画を練り直さなくちゃいけないレベルです。
一方の冷たい陽炎討伐メンバーも、ボクたち程ではないけれど疲弊と損耗していた。特に接近戦を挑むことになったミルファとリーヴは、見失ってから居場所を特定するまでの間にちまちまとした攻撃を受けていたために防具の被害が大きくなっていた。
「すぐさまダメになるようなことはありませんけれど、死霊どもと戦うことを考えますと正直言って心許ない状況ですわ……」
頼みの綱の『異次元都市メイション』も、イベントの真っ最中ということで、移動こそできるが物品の購入や装備品の手入れは一時的に禁止となっていた。
しかもネタバレ防止のためと称して、これまた一時的に運営のAIによる監視付きになってしまうという念の入れようだ。アウラロウラさんいわく、
「実はリュカリュカさんの『天空の島へ至る道』だけでなく、ワールドイベントは未だにクリアしたプレイヤーがいない状態なのですが、ここはあえて情報を規制して自力でクリアを目指してもらおうという方針となりました」
とのこと。逆に「交流を盛んにして多くのプレイヤーがクリアしやすい環境にするべきではないか?」という意見もあったらしいのだけれど、最終的には高難易度推進派に押し切られてしまったのだとか。まあ、何でもかんでも答えが分かってしまうのも興ざめだしね。
……あれ?これ、ボクが聞かされていい内容ではないような?もしかして半ば身内認定されていないかしら……?
「と、とにかく『メイション』で修復をしてもらえるか尋ねてみるよ」
危険な想像を振り払うように、みんなにそう告げる。
テストプレイヤーみたいというか広告塔みたいになっていたり、サービスを優先的に受けられたりしているけれど、個人的には一介のプレイヤーだと思っているので!
ズブズブな関係?……き、気のせいですから!
……そういえば優先的なサービスで思い出したけれど、AR技術を用いたテイムモンスター等のリアル召喚の件はどうなったのだろう?
昨年夏の『笑顔』との合同イベントの後に、開発が難航しているような話は聞いていたけれど、それ以降は音沙汰なしのままとなっている。動物アレルギー持ちのボクとしては、リアルでもうちの子たちやもふもふと戯れられるチャンスなので、ぜひとも頑張って開発してもらいたいところだわね。
「ただ、どこまでやってもらえるかは何とも言えないところだから、過度な期待はしないでね」
などと思わず予防線を張ってしまう気の弱いボクなのでした。
「今より少しでも状態が良くなるのであれば、十分に御の字というものですわ」
「ミルファの言う通りですね。リュカリュカも無理をしたり気負ったりする必要はありませんからね」
仲間想いのいい子たちだよねえ。そんな言葉を聞かされては、思わず頑張りたくなってしまうではありませんか!
……まあ、どれだけ気合を入れようともシステム的にダメなものはダメなのだけれどね。アウラロウラさん経由で運営に直訴すれば多少の便宜は図ってくれるかもしれないが、そんなことはしたくないというのが本音だ。一介のプレイヤーという立場をこちらから変えるつもりは毛頭ないですから。
「話がまとまったところで安全な場所に移動しませんか。このまま居座っていては、またいつ魔物に襲われてもおかしくないですから」
「ホントだよ!のんびりお喋りしている場合じゃなかったよ!?」
「いえ、状態の確認と共有は必須でしたよ」
それは確かにネイトの言う通りなんですけども!
何はともあれ移動を開始するボクたち。冷たい陽炎のように発見しづらい魔物や、天井から忍び寄ってきたアシッドウーズのように死角から襲ってくる魔物が他に居ないとも限らないため、〔警戒〕技能をフルに動員しながらの移動となった。
そんな用心が功を奏したのか、それとも守護者や試練的な調子でこの場にはあの二体しか存在していなかったのか、それからは魔物に出会うことなく階層間を移動するための装置のある所にまでたどり着いたのだった。
「うーん……。これは後者が正解のような気がする」
「確かに、あの二体だけしか生息していないというのは違和感があります」
むしろ違和感しかないよね。それというのも、ボクたちが転移させられたのは学校の教室ほどの広さと高さの空間だった。薄暗くて目視では分かりづらかったが、〔警戒〕によって探知範囲が広がったことでミニマップに表示されるようになったのだ。
そして、この階層自体がそうした空間がいくつも繋がって構成されていた。
で、その繋がりというのがまた単調なもので、魔物に気付かれていないと考えるのは楽観が過ぎると思えるものだったのです。
「転移してすぐに襲ってきたし、ガーディアン的なものだったんじゃないかな?と考えるのが妥当に思えるのだけど」
「その呼び方をするには抵抗のある外見と能力の持ち主でしたわね……」
そんな感想をこぼすミルファの気持ちも理解できる。どちらかと言えば侵入者を排除する闇の存在と言う方がしっくりくるよね。
「襲われないための合言葉でもあったのかもね」
「ですが、それならスラットさんはどうしてそのことを秘密にしていたのでしょうか?」
「わたくしたちを騙しましたの?それともわたくしたちの実力を試そうとしたのかしら?」
どちらもないとは言えない。だけどボクはあえてもう一つ別の可能性を示唆してみたいところだ。
「単純に忘れていたんじゃないかな」
「そんなことあり得ますの?」
「だってあの人、『大陸統一国家』が滅亡した時からあそこに一人でいたんだよ。いくら不老不死でも物忘れの一つや二つくらいしてもおかしくないと思わない?」
「言われてみれば……」
「その通りかもしれないですわね……」
そうでしょう、そうでしょうとも。




