872 休息期間
売り言葉に買い言葉で出会って早々に剣呑な雰囲気になってしまった。いくら何でも喧嘩腰が過ぎたかしらね。少し前まで『水卿公国アキューエリオス』貴族のおバカ令息やわがまま令嬢、さらには特大の難物だったキューズを相手にしていたことで釣られて沸点が低くなっていたのかもしれない。
ついでに、リアルでのちょっぴりの環境の変化が知らない間にストレスになっていた可能性もありだわ。
自分では上手くやれているつもりだったのだけれど、こうして改めて見直してみると結構一杯いっぱいになっていたのかもしれない。
続きや先が気になってしまい、なんだかんだと言いつつ毎日のように『OAW』にログインしていたものねえ……。頭を冷やすよりもここらで一度きっちり休養期間を入れてもいいのかもしれない。
今後の話の流れ次第では浮遊島に乗り込むことになったり、キューズの仲間のホムンクルスと戦うことになったりするかもしれない。いずれにせよ物語のクライマックスなのだ、一つのちょっとした判断ミスが致命的な失敗に繋がることだってあるだろう。
やり直すことも是とするなら、もしくは繰り返すことを前提にしているならば、そうした失敗も織り込み済みで突撃することだってできるかもしれない。
だけどボクのプレイスタイルはそうじゃない。ボク自身だけでなく、NPCの仲間たちやテイムモンスターたちにも死ぬような目にはあってほしくはない。
それに英さんのこともある。彼の正体が本当は何であれ、異世界からの来訪者として扱おうと決めたのだ。そんな彼の生活に不都合が起きてしまうかもしれないやり直しを行うことはできない。
「……うん。やっぱり冷却期間は必要だわ」
「リュカリュカ?」
「どうかしましたか?」
唐突なボクの呟きに、ミルファとネイトが不安そうな眼差しを向けていた。
「ごめん。ちょっと頭冷やしてくる」
心配かけまいとニッコリ笑顔で告げて、急いでログアウトの手続きを進める。そういえば、時間が残っているのにログアウトするのは随分と久しぶりのことかもしれない。
そんなことを考えている間に、目の前が暗転して意識が途切れる。おうっふ……。しまった余計なことを考えすぎてログアウトの心構えが中途半端になってしまった。
リアルに戻ってもふわふわと安定しないまま夢見心地は続いた。ベッドに横になっているはずなのに歩いているようなくるくると回っているようなおかしな調子だ。ログインログアウトの際は安静にしろと運営が口酸っぱく言ってくる訳だよ……。
「にゅわー……。気持ち悪う……」
お酒で悪酔いした時とかこんな感覚なのかしら。などとどうでもいいことを思い浮かべながら被ったままになっていたヘッドギアを取り外す。視界がクリアになったことで少しだけ気分が楽になったような気もする。
「よいしょ、っと」
頭と体に負担をかけないようにゆっくりと慎重に上体を起こす。多少のふらつきは残っているものの、深刻な吐き気などはない。この調子ならしばらく安静にしていればすぐに動けるようになるだろう。
その間に休養期間中のスケジュールなどを考えようか。
まず何をするのかだけれど、これはもう決まっている。リアル側でのストレスの最大原因である勉強をしっかりやって学力向上に努めるのだ。進級直後の小テストや五月の中間テストでは別段先々が不安になるような出来ではなかった。
とはいえ、そこは特進クラスの面々だ。キリギリスさんのように余裕ぶって遊び惚けていればあっという間に差を付けられてしまうだろう。
要するに、そうした焦燥感が無意識化でストレスとなっていたのではないかと推測したという訳なのだよ、わとそん君。
そして原因が分かりやすい分、対策方法も簡単だ。しっかりと自分が納得できるまで勉強すればいい。まあ、妥協しようと思えばすぐにできてしまうから、これはこれで大変な部分もあるのだけれどね。
それにしてもゲームの気分転換に勉強をしようだなんて、我がことながらぶっ飛んだ思考だと思う。良い子は真似しちゃいけないゾ!
根を詰め過ぎてもかえって効率が悪くなるから適度な息抜きも必要だよね。そういえば里っちゃんとは端末越しのやり取りはしていても、ここしばらく直接顔を合わせていなかったかな。
せっかくの機会だから都合を合わせて、街まで遊びに行くのもありかもしれない。
そんなこんなで十日間ほど『OAW』から離れてリアルのあれこれに没頭した。里っちゃんのスケジュールの都合もついて、二人で遊びに出かけることもできましたわよ。
彼女の近況を知ることができたのは収穫だった。学生会は大変だけれどその分やりがいがあるそうで、毎日忙しくも充実しているとのこと。無理せず体調にだけは気を付けてもらいたいところだわね。
まあ、久しぶりの二人きりでのお出かけに、ボクも里っちゃんも浮かれていたのだろうね。気が付けば芸能事務所やアイドルグループのスカウトの人だとか、ローカル雑誌の街角撮影の人だとかが集まって来ていました……。
話しかけられても「興味ないね」と、どこぞのツンツン金髪お兄さん並みの塩対応で断っていたはずなのだけど、珍しくしつこく食い下がってきたのだ。
最近はSNSとかですぐに晒し者にされるから、基本的に皆引き際をわきまえていたはずなのだけれどねえ。あまりにも鬱陶しいのでアイコンタクトでルート変更して、そのまま交番へとなだれ込まさせていただきました。
まさか彼らの誰一人として気が付かずに、そのまま着いて来たのはボクたちとしても予想外だったけれど。最終的にはお巡りさんに睨まれながらしどろもどろに釈明しようとしていたよ。しっかり反省してくださいな。
こんな具合に多少のトラブルはあったけれど、おおむね無事に休息期間を過ごすことができた。これで気持ちを新たにゲームを再開することができそうだ。
もう半月もすれば期末テスト対策の勉強のため、ログインできる時間が減りそうなのが難点だけれどね……。
先のことは未来のボクに任せるとして、久しぶりのログインです。視界が切り替わって最初に目に入ってきたのは不安げな様子の仲間たちだった。
やれやれ。こんなに心配させて過去のボクは一体何をやっていたのか!
あれ?なんだかすっごくブーメランな予感?




