870 くろすかうんたー
「うおおおおおお!!」
「ぐおおおおおお!!」
口上が終わったのか、雄叫び上げながらぶつかり合う二人。肩幅が広い方が腰を落として真っ直ぐに片腕を突き出したかと思えば、背の高い方がしなる鞭のような蹴りを放つ。そしてお互いの攻撃が触れ合った瞬間、ドカーン!と大きな音が鳴り響いた。
いやいや、おかしいよね!?なんだその効果音?
格闘戦で出る音じゃないでしょう!?
呆気にとられるボクたちを無視して、戦い続ける二人。技が繰り出されるたびにバリバリバリバリ!とかギュルルルルル!とかメタタア!とか謎な効果音が発せられていた。
そうしてぶつかり合うこと数分。最後は、
「ごふっ!」
「がはっ!」
それはそれは見事なクロスカウンターの相打ちによって、二人とも地面に沈んだのでした。
しばらくの間、誰も何も言えずに沈黙がその場を支配していた。
「……よしっ!あっちから回ろうか!」
決闘らしきものが行われていたのは二つの雑木林によって挟まれた隙間のような場所だった。少しばかり大回りをすれば『大霊山』の方へと向かうことは可能なのだ。が、
「ちょお!?」
「まてまてまてーい!」
邪魔をしても悪いので迂回することに決めたところで、ぶっ倒れていたはずの二人が飛び起きてくる。ダブルノックアウトまでの一連の動きは本気にしか見えなかったから、つまりはもう復活してきたということみたい。
「倒れた人を無視していこうとするなんてひどくないかい!?」
「それでも熱く燃える血の通った人間種か!?」
うっわ、面倒くさい人たちだなあ。そのまま気絶していてくれればいいのに。
「実はおばあちゃんの遺言で、クロスカウンターで相打ちになる人たちには関わっちゃいけないことになっているんですよ」
「とってもピンポイントな遺言ですわ!?」
「ミルファ……。リュカリュカのいつものはったりですよ」
「なにっ!?はったりなのか!?」
「おばあちゃんの遺言なら仕方がないと信じていたのに!?」
何このカオス……。え?これボクがどうにかしないといけないの?
「……えーと、それじゃあ、実は男同士の暑苦しい戦いに口を挟んじゃいけないという家訓がありまして」
「ほほう。素晴らしい家訓じゃないか」
「その家訓を定めた人は、拳一つで世界を渡り歩いた立派な御仁だったのでしょう」
ソウカモシレナイネー。
「ネイト、これもはったりなのですわよね?」
「まず間違いなくその通りでしょうが、面倒なことになりそうなので黙っておきましょうか」
「了解ですわ。それにしても暑苦しいという一言をさらりとなかったことにしていますわね……」
「ええ。そういう意味でも面の皮が厚い人たちのようですから、余計に関わり合いにならない方が良さそうです」
ネイトの人物評が結構厳しい!?まあ、ボクも似通った印象を持っていたので否やはないです。
「それではそういうことでー」
「うむ。呼び止めて悪かったな!」
「どこへ行くのか知らないけど、気を付けてね」
見送ってくれる二人に手を振り返して、そそくさとその場を離れるボクたち。そして雑木林で姿が見えなくなるまで移動した所で、ほうっと息を吐く。
「意外でしたわね。もっとしつこく絡んでくるかと思いましたのに」
「チョロいというか、あんまり深く物事を考えないタイプなんだと思うよ」
ついでに、物事を自分たちの都合のいいように解釈するタイプでもありそう。拳一つで世界を渡り歩くとか、どんな伝説の格闘家なのよ……。
何はともあれ、無事に退散できて良かったよ。きっともう会うこともないだろうからね。
雑木林に沿ってぐるりと回り込んでいく。木々の密度はそれほど濃くはないけれど、ムービングツリーが擬態している可能性もあるから通り抜けるような真似はしない。
ここまでスキップなしでのんびりやって来たのだから今さら急いでも仕方がない、といった開き直りの気持ちがなかったと言えば嘘になるけれどね。だけど、草原と林の中では見通りの悪さと動き難さが段違いなのも確かなのだ。わざわざ苦戦してしまう場所に足を踏み入れる必要はないのです。
てくてく歩いているうちに再び『大霊山』と正面から向き合う。北の方角から近付いているため太陽は壁のような山の向こう側に隠れてしまっていた。良く晴れているから暗くはないのだけれど、洗濯物を乾かしたり布団を干したりするときには地味に影響しそう。
などと微妙にどうでもいいことを考えながら歩いていると、
「うおおおおおお!!」
「ぐおおおおおお!!」
どこかで見たことがある凸凹コンビが雄たけびを上げながらぶつかり合っているではありませんか!?
ちなみに、クロスカウンターで相打ちになる最後まで同じだった。
「ちょっと待って、どうしてこの人たちがいるのよ!?」
いや、さすがにこの展開は予想もしていなかった。本当にどうなってるの!?
と、いつまでも硬直していても始まらない。まずは彼らが同一人物なのかを確かめようか。もしかするとさっきの二人の双子の兄弟という可能性も、万が一の確率くらいでは存在しているかもしれないもの。
「うーん……。この距離だと判別は難しいかあ……」
「先ほどで会ったばかりとはいえ、初対面でしたから大まかな特徴くらいしか覚えていませんよ」
「右に同じくですわ」
ネイトとミルファも似ているとは感じていても、同一人物なのかの判別はできないとのこと。もっと距離を詰めるならまた話は違ってくるのかもしれないけれど、あまり近付き過ぎると先ほどのように起き上がってくるかもしれない。
そうなるとまた面倒なことになりそうなのよね……。
「現状、取れる選択肢は二つかな。一つは彼らに事情を話してどうなっているのか尋ねること。もう一つはもう一度雑木林を迂回してみること」
幸いにも今日の行程では魔物との戦闘回数が少なく、まだ体力的にも物資的にも余裕がある。もう一回や二回迂回するくらいなら何とかなると思う。
「本当はあの人たちに頼るのが一番手っ取り早いのでしょうが……」
「でもそれ、彼らが原因を知っていることが前提だよ」
「なぜだかとても難易度が高いことのように思えてまいりましたわ……」
ほんの少し会話をしただけなのだけれど、何というかあの二人にはまともに話が通じない雰囲気があったのだよね……。みんなも同じように感じたようで、まずは自分たちだけで動いてみることになった。




