867 異なる視点
『ファーム』を介してにはなるけれど、アイテムボックスの共有化はボクたちに大きなメリットをもたらした。単純に持ち運べる総量が大幅にアップしたのだ。より正確に言うと「どこからでも取り出せる」ということになるのだろうけれどね。
もちろん戦闘中を始めいつでもという訳ではないので、そのあたりの注意は必要になる。
さらにさらに、英さんの倉庫を間借りさせてもらうことでテントを始めとした野営道具や料理の類をアイテムボックスに入れなくてもよくなり、その結果戦闘に関連する消耗品やドロップアイテムなどをたくさん持てるようになったのだった。
正直に言ってこれは地味にありがたい。『異次元都市メイション』への行き来が可能になったことで不要な持ち物の売却やアイテムの購入が行い易くなったとはいえ、森の中のような特定エリアでは泣く泣く持ち帰るアイテムを選別することを強いられるケースが少なくなかったのだ。
幸か不幸かレアアイテムばかりが連続で取れてしまった時の苦悩といったら……!下手をすれば魔物との戦いよりも時間を取られてしまうことすらあった。
このように様々な面でのロスをなくすことができたことによって、ボクたちの冒険は大幅に身軽さと便利さを増すことになったのでした。
そして、ついに英さん家から旅立つ日がやって来た。
「随分と長居させてもらっちゃって申し訳なかったです」
「なんのなんの。こっちこそ色々料理を作ってくれたり教えてもらったりして助かったよ」
まあ、英さんの料理は良く言うなら独創的だったからね……。元の世界では全く料理をしたことがなかったようだし、異世界に行ってからは野営の際に作る機会があったとはいえ、水を張った大鍋に塩漬けの肉と乾燥させた野菜をドボンして煮込むだけ、とこれまた料理とは呼び辛い内容だったらしい。
『OAW』世界へとやって来てからもレシピ本がある訳でもなく、頭の中に残るかすかな記憶を頼りにやってきたため、半ば味音痴な状態になってしまっていたのだった。
それでも経験は無駄ではなく、勝手なアレンジをしないことと用量をしっかり守ることでレシピ通りの作成を徹底させれば十分合格点をあげられるものを作れるようになっていた。
「あとは回数を熟して慣れていけば、自然と手際も良くなっていくと思います」
「料理も毎日継続、日々精進が大切ってことか」
「ショーワお得意の熱血スポ根ものですか……」
あー、この人が元の世界で過ごしていた頃は努力・忍耐・根性の精神論絶頂期だったから、そういう発想になるのも仕方がない話だわね。
それに精神論だって決して悪いものじゃない。ゲームとはいえ命をかけた戦いを繰り返してきた中で、結局最後の最後でものをいうのは勝利への執念だとか生き残ろうとする強い意志だった。あの名言ではないけれど、諦めてしまった時こそが敗北を決定づける瞬間なのだ。
ただし、精神論を指導の中心に据えて無理な練習や訓練を行うことは厳禁なので要注意!
うおっと、話がそれてしまったね。
「慣れてきたらスパイス類を調合して、オリジナルカレー作りに挑戦してみるのも楽しいかもしれないですよ」
「それは面白そうだ。だけど、その前にしっかりとカレー粉の実のカレーを味わいたいな」
英さんの台詞にうんうんと頷くボクの仲間たち。ええい、このカレー中毒者たちめ!割と本気でカレーを流通させるのが心配になってきたのですが?
カレーが原因で『第二次三国戦争』が起きた、とかシャレにならないからね!?
「……ところで、本当に俺は一緒に行かなくてもいいのかい?」
「英さんに手伝ってもらえればきっと楽にはなるでしょうね。だけどボクは弱いから、そうなればきっと大事なところで頼っちゃうと思うんです。だから、ボクたちだけで行きます」
「そうか……。俺はいつでもここに居るから、どうしてもダメな時は頼ってくれ。決して無理だけはしないようにな」
「はい」
さすがは元勇者様、後ろに居てくれると思うだけでとてつもない安心感だわ。
「目算だから正確ではないが、『大霊山』のふもとまでは五日から七日くらいはかかると思う。そこから先の登山については正直見当もつかない。直径が十数キロはありそうだから登山道の一つや二つくらいはありそうな気もするんだが、聖域扱いで何百年も人が寄り付かなかったなら消えてしまっているかもしれない」
過度な期待はしない方が良さそうかな。仮に登山道があったとしても、天辺が見えないほどの高さだから、上るのは一苦労どころではないだろう。
「いっそのこと、中にエレベーターでもあればいいのに」
外見的にタワーみたいだし、観光用展望デッキがあったりして。
などとつい冗談みたいなことを考えて思わず苦笑してしまう。……あれ?英さんが何やら考え込んでいる?
「……その可能性はゼロじゃないかもしれないぞ」
「え?」
「召喚されたあちらの世界にも、あんなおかしな風貌の山は存在していなかった。リュカリュカちゃんたちが探している浮遊島が作られた時代よりも昔に、それ以上に栄えた文明があったと言っていたよな?」
「はい。そういう伝承になってます」
「もしかすると『大霊山』もその頃に作られた人工物という可能性はあると思う」
彼のトンデモ推論に、ボクだけでなくミルファやネイトまで目を見開いて驚いていた。
「で、でも何のために?」
「その浮遊島のような空中都市への人や物を運び込むためのばしょ、とかかな。まあ、あくまでも予想だけどな」
な、なるほど……。街から街へと移動できる『転移門』でも大量の物資を通すことはできないという設定になっているから、転移魔法陣も同様に人しか移動できなかった可能性はある。そうなれば当然補給地点が必要になってくる。
そして、ボクたちは『大陸統一国家』時代のことしか考えていなかったけれど、それ以前の『古代魔法文明期』の遺産だという可能性もあるということなのね。
これはなかなかに重要な手掛かりかもしれないぞ。
「ありがとうございます。『大霊山』に着いたら、中に入れないかも含めて色々と調べてみるようにします」
頭を柔軟にしておかないと、大事なことを見落として取り返しのつかないミスをしてしまいそうだ。今の段階で指摘してもらえて本当に良かったよ……。




