866 くっつけよう
英さん家の台所は建物の外見相当なガス器具中心の設備だったから、慣れるまで少しは苦労はしたものの、大きな問題もなく各種料理を作り終えることができた。
リアルだとキッチン周りはオール電化になっているところが多いけれど、卓上コンロとかもあるしガス器具が絶滅した訳ではないからね。それにゲームの中ではアシスト機能込みとはいえ焚火で料理をすることだってあるのだ。これくらいなら楽勝です。
肝心の評価の方ですが……?
「うっまあああああ!!」
これ以上の説明はいらないような気もするけれど、ご覧の通り大好評でした。特に評判が良かったのがカレーだ。まあ、協賛食品メーカーさんでは日夜美味しいスパイスの配合の研究が行われているからねえ。五十年の積み重ねは無事に個人の好みや時代による変化を上回ったらしい。
え?うちのパーティーメンバーたち?
……一言も発することなく夢中でカレーライスをむさぼり食っておりますですよ。あれはもはやスプーンをお皿と口の間で往復させるだけの機械だね。無表情が怖いよ……。
身内のことはともかくとして、これだけ喜んでもらえたのだから計画は大成功だろう。当面のお米確保のめどは立ったと言っても良いのではないかしら。
その一方で稲作の普及となるとまだまだ難しいと思う。継続的に確実に入手するためには必要なことだからいずれは挑戦しなくてはいけないだろうけれど、農業関係は完全に素人だしなあ。リアルよりは敷居が低いとはいえ育成に適した環境の整備なども必要だろうし。まあ、浮遊島の件が終わってから追々考えましょうかね。
「いやあ、食べたたべた。ありがとう。こんなに食事に満足できたのは久しぶりだよ」
「おそまつさまでした。まあ、こちらとしても下心がありましたからね」
「分かってる。米を分けて欲しいっていうんだろ。いいよ。この世界の影響なのか育成期間がとんでもなく短くてさ。豊作続きだし、そろそろ一人で食べきるには厳しくなってきていたんだ」
おおう!何というグッドタイミング。ゲームのご都合主義設定バンザイ!
「その代わりと言っちゃあ何なんだが、君たちが手に入れられるその他の食材やら何やらをこっちに回してもらえないだろうか?」
「それくらいは協力したいところなんですけど、英さんの子のお家ってどうやら他所の街とは行き来できないようになっているみたいなんですよね……」
この世界の多くの街が『転移門』によって一瞬で往来できる――距離に応じてお金は必要になる――ようになっていることを説明する。
「長距離の瞬間移動とか、ますますゲームっぽくなってきたなあ……」
異世界で勇者をやっていた英さんの経歴も大概にフィクションじみたものがあるけれどね。
「まあ、ここはあちらの世界の神様たちの手が入っているから、こっちの世界とは切り離されているのも当然か。……しかし弱ったな。一番近い村でも片道一週間くらいはかかるんだろう?」
「そのくらいは見ておいた方が無難だと思います。あ、英さんからすれば敵じゃないかもしれませんけど、道中には毒持ちの魔物が出ますからトライ村に向かう時は気を付けてください」
「うっわ……。それを聞いてますます行きたくなくなってきたぞ」
でも、あの森ではカレー粉の実を始めとした香辛料類が採取できるから、そのうち出かけることになるような気がする。
「おや?そういえばリュカリュカちゃんのテイムモンスターたちは普段どこに居るんだ?まさか街中を連れ回ったりはしていないんだろう?」
「拠点にしている街なら大目に見てくれますけど、他の街ではこの『ファーム』に入ってもらってます」
クンビーラの場合はうちの子たちに慣れているのもあるが、それ以上に街のすぐ外でブラックドラゴンがゴロゴロしているのも大きいと思う。最近はあまりにもゴロゴロし過ぎて、ただ空を飛んだだけでも驚かれるほどになっているらしい。
「ふむ……。つまりはその『ファーム』の中に別の空間が広がっているということだな。その空間の広さはどれくらいかな?」
「結構広いですよ。お金にものを言わせて最高品質の物を用意してもらいましたから」
あの時はディランおじいちゃんとゾイさんと一緒に、クンビーラの隣の『武闘都市ヴァジュラ』にまで行ったのだよね。
お隣同士ながらも良好とはいえない関係の間柄だからか、向こうの店主には思いっきり高値を吹っ掛けられたのだったっけ。ブラックドラゴンの報奨金がたっぷり残っていたので、言い値で買う代わりにたっぷりとおまけを付けさせたのよね。
「……それなら何とかなるかもしれない」
「マジですか?」
「ああ。要は俺とリュカリュカちゃんたちが共通に出し入れできればいい訳だ。さすがにこの世界から直通させるのは無理だが、『ファーム』っていう別空間を介すなら何とかなるはずだ」
一体全体何をしようとしているのかというと、『ファーム』の中に英さんちの倉庫――ここも一種の異空間でアイテムボックスのような仕様らしい――へアクセスするための扉的なものを作ってしまおう、ということみたいです。
「そんなこと簡単にできちゃうんですか?」
「つなげるのが異空間同士だからできる裏技みたいなもんさ。それでも相性とか丈夫さとか確認しなくちゃいけないことはいくつもある」
それらをクリアしてようやく扉を付けることができるのだとか。まあ、いうなれば複数のアイテムボックスを共有化しようとしているようなものだし、簡単にできてしまうのは問題があるか。
それでも便利過ぎるから、ゲーム的にはボクたちの側から取り出せるアイテムに種類や数などの制限が加えられそうな気もする。
それでも英さんちのお米やお野菜をもらえるのはとてもありがたい。よってボクからは、
「ぜひともお願いします!」
ということになるのだった。
結局、この工事には数日間を要することとなり、ボクたちはその間英さんの家で足止めを受けることになる。もっとも、使い切ってしまっていた回復薬やその素材を確保したり、付近に出没する魔物を倒したり、料理を作りだめしたりといくらでもやることはあったので退屈する暇など全くなかった。
あと、異世界の元勇者だけあって英さんヤバすぎ。工事の合間に手合わせしてもらったのだけれど、〔共闘〕技能まで使った本当の全力でも軽くひねられてしまったよ……。




