864 元勇者の故郷
家庭菜園と呼ぶには規模が大きい英さんの畑へと向かうミルファたちを見送る。二人とも異世界由来と聞いて、本気で見物する気だな。
面倒事を押し付けられた感はあるが、彼と二人きりで話したかったことも事実だから文句も言えないよ……。
その内緒話の中身ですが、彼の名前で気が付いた人も多いと思うのだけれど、英さんは話にあった世界の住人ではないのではないだろうか。名前と建物の外見的にリアルのニポン出身である可能性が高く、偶然だったのかそれとも招かれたのか、いわゆる異世界転移をしたのではないかと思うのですよ。
そしてここからが本題なのだけれど……。この人本当に運営が用意した『OAW』のNPCなのでしょうか?
あー、うん。自分でもおかしなことを言っている自覚はあるよ。でも、彼と話しているとどうにも違和感がつきまとってくるのよね。どうしてそんな風に感じたのか頭を巡らしてみたところ、会話のやり取りをしていた際の調子が、ミルファやネイトたちよりも『異次元都市メイション』で会うプレイヤーたちに近いと気が付いてしまったのだ。
これだけならボクの勘違いだとか思い違いだったかもしれない。が、そうとも言い切れない出来事が発生していた。実は英さんのエリアに入って以降、緊急のGMコールを含めた運営への連絡ができなくなっていたのだ。当然あちらからの通話や接触も一切なしだ。
これは割と真面目にヤバい状態だと思うのですがいかがでしょうか。もちろん、これも含めてすべてが運営の仕込みなのかもしれない。ログアウトを始めそのほかの機能は問題なく使えるしね。
ということで実際はどうなのかは不明ながらも、ここは本当に英さんが異世界人だという前提で話をするべきではないのか?と考えた訳です、はい。
「仲間内での話はもういいのかい?……というか君一人でなのか?」
縁側へと戻ってきたボクに、英さんは和やかな調子で話しかけてくる。明らかに格下に見られて少しばかりとムッとしてしまう。
「ボクにも色々とおいそれとは人に言えない秘密があるんですよ。連れの二人がその辺りを見て回らせてもらっていますけど、この空間自体があなたの支配下にはいっているだろうから問題ないですよね」
「別に危害を加えるつもりはないんだろう?それなら大丈夫さ」
知ったかぶって揺さぶりをかけてみたものの、それらしい秘密をこぼす様子もなし。これは向こうの方が役者が上かしらね。敵対認定されても困るし、これ以上下手な態度はとらない方が身のためか。
ひょいと肩をすくめると再び縁側へと腰を下ろすと、浮遊島を無力化するために旅をしているこちらの事情を説明していった。
「なるほど。古代の負の遺産を清算しようとしているのか」
「放っておくには危険すぎますから。その力を利用しようとするホムンクルスの生き残りが未だにどこかで暗躍しているかもしれないし」
土卿、火卿、水卿の三つの場所で出会ったのだから、この『風卿エリア』にもローブ姿のホムンクルスが配置されている確率は高いと思う。さらに浮遊島に居る死霊たちも、これまで大人しかったからといって、これから先も同じだとは言い切れない。
将来に禍根を残さないためにも、お片付けができるときに仕舞いをつけておくべきだろう。
「そんなこんなで浮遊島のヒントがありそうな、あの『大霊山』に向かってえっちらおっちら旅をしてきたんです」
「君も苦労しているんだな」
「いえいえ、他所の世界を救わされたあなたほどじゃありませんよー」
「む?」
「ところで英さん、チキューのニポンという国に聞き覚えはありませんか?」
ピクリと肩が跳ね上がったのを意図的に無視して、特大の爆弾を投下してみる。ここからが正念場だぞ。
「どこでその名を聞いた?君は一体何を知っているんだ?」
英さんはこれまでとは違って底冷えしそうな調子で問い返してくる。物理的な圧すら感じてしまいそうだ。が、この反応で確信できた。やはり彼は異世界転移者だ。
「ボクの出身がチキューのニポンだからですよ。もっともそちらでは名前も姿も違いますけど」
「その言いようからすると、君はそちらと行き来ができるということか」
「中身、精神だけですけどね。詳しく説明しますよ」
そしてボクは、ミルファやネイトにも話すことができないプレイヤーとしての身分を明らかにする。
「……ここがゲームの世界だって?にわかには信じられないな……」
再度お互いの詳しい経緯を話し合ってみたところ、思った通り英さんは件の世界に召喚されたされた転移者だった。こうやって別の世界に逃がしてくれたあたり、彼の召喚には異世界の神様たちも一枚噛んでいるのかもしれない。
しかし、その出身の方はボクの想像と少し異なっていて……。
「俺が暮らしていたのは地球にある日本という国だよ。君の言うニポンとは多分パラレルワールドとか平行世界という関係なんだろうと思う」
その上彼が過ごしていたのはショーワ、もとい昭和の五十年代後半だという。
「年号の移り変わりとかが同じだとすると、五十年も前なんですけど!?」
その頃だと確かコンピュータゲームはまだ黎明期のはずだ。VRなんて概念からして一般には知られていなかったのではないかしらん。ゲームの中だと言われても信じられないはずだよ。
ただ、驚くと同時に納得でもある。道理でこの建物の様式がボク的には古く感じられる訳だ。ちなみに英さんの実家が元になっているそうです。さすがに庭はここまで広くなかったらしいのだけれど。
「召喚された世界とは時間の流れが異なっていたのか、それとも今回の転移で時間軸がズレてしまったのか……。あっちの世界の神様たちが元には戻せないという訳だ。五十年も経ったらもう違う世界みたいなものだよなあ」
ご両親など年が上の人たちは亡くなっている可能性も高いし、仮に親族や知人に会えたとしても英さんの年齢では気が付いてもらえないかもしれない。浦島太郎には玉手箱を開けずに若いままでも居場所がなかったのだ。
余計なことをしてしまったのだろうか?特殊な背景持ちなだけのNPCの一人に過ぎないと、ゲーム的な対応をするべきだったのだろうか?
英さんの瞳にこことは違う景色や人々が映し出されているようで、ボクの心は千々に乱れていたのだった。




