863 元勇者の事情
塀の外では落ち着いて話もできないだろうと、ボクたちは自称元勇者の英雄治氏の案内で、建物の縁側へと腰を下ろしていた。東の空を上り始めたお日様に照らされていい感じ。
そんな彼の話によると、英さんが居た世界はいわゆる悪い魔王によって大ピンチとなっていたのだとか。仲間たちとともに壮大な大冒険の末に魔王とその軍勢を打ち取ったところまではよくあるお話の通りだったね。
問題はその後だ。共通の敵がいなくなったことで、それぞれの国や組織が他者よりも優位に立とうと陰に日向に争いを始めてしまったのだ。
魔王を倒した勇者とその仲間たちともなれば、分かりやすく名前が知られている上に一騎当千の猛者揃いとなる。シンボル的にも戦力的にもうってつけだということで、激しい勧誘合戦が繰り広げられることになってしまったらしい。
「そんな生活に嫌気がさしていた俺は、あの世界の神様たちの勧めもあって別の世界へと転移させてもららったという訳さ。今ではここでのんびりと隠遁生活を満喫させてもらっているよ」
英さんが指さした方へと視線を向けてみれば、塀に囲まれた一角が畑になっているのが見て取れた。キュウリにトマトやナスがたわわに実っている隣の畝で、青々としたキャベツやレタスが大きくなっているのは突っ込むだけ無駄というやつなのでしょうかね?
ちなみに、建物を含むこの土地は彼が居た世界の神様たちからの贈り物なのだそうだ。道理で畑の作物たちが季節関係なしに収穫ができるようになっているはずだよ……。
一方で、この世界から乖離している訳ではないため、こちらの世界の理もしっかり通じるし反映もされるようになっているらしい。
なるほど、そうやってゲームの整合性を保っているのね。
メタ的な視点から見るなら、この英さんのお家は『大霊山』に挑むためのベースキャンプ的な位置づけなのだろうと思う。多少はアイテム類で何とかなるとはいえ、安全地帯や市に戻りができるポイントがないのはゲーム的には厳し過ぎる。特に『OAW』はぬるいことを売りにしている部分がある。クリア難易度の高い香辛料の森の先に安全地帯があるのはある意味当然の話かしらね。
なお、『転移門』がないのでワールド内の他の町や村都の行き来はできなくなっております。まあ、さすがにそこまでいくとイージーモードが過ぎるだろうから仕方がないね。
さて、どこまで詳らかなのかは不明ながらもあちらの事情は聴いてしまった。となれば今度はボクたちの番ということになる。しかもこちらはセーフティーゾーンを間借りしようとしている身だ。信用してもらうために、ある程度は胸襟を開いて話をしなくてはいけないだろう。
ここで厄介なのがボク個人のプレイヤーという立場だ。パーティーメンバーとして四六時中を共にしているミルファやネイトだけでなく、クンビーラの公主様たち一部の付き合いが深い人たちからは単なる冒険者ではないと思われている節がある。まあ、半分くらいは『異次元都市メイション』に行き来できることをばらしてしまったのが原因なのだけれど。
このように普通のNPCですら勘付くくらいなのだ。異世界の元勇者などといういかにもな設定を持つ英さんであれば、すぐにボクの異常性を察知してしまうことだろう。
はてさて、どこまで腹を割って話をしていいものやら。
「話す内容をまとめさせてもらってもいいですか?」
「ああ。それくらいなら構わない」
「……いいんですか?かなり失礼な物言いだと思うんですけど?」
想像に反してあっさりとお願いが通ってしまい、逆にいぶかしんでしまう。極端に言えば「お前のことは信用できない」と宣言しているようなものだからだ。
「俺も勇者なんて面倒な役割を背負わされていたからな。こんな所まで来るくらいなんだ。見ず知らず相手には話せないことだってあるだろうさ」
誰から押し付けられたにしろ、その関係者としか話せないこともあったのかもね。さらには国を越えた世界規模の旅だったのだろうし、表に出せないヤバい秘密なども知ってしまったの可能性は十分にある。
あちらの事情はともあれ、せっかくもらえた許可なのだから存分に利用しないといけない。縁側から立ち上がると、庭先の簡単に声が聞こえないだろう位置にまで移動する。
うーん、一応念を入れてボクは英さんに背を向けるようにして立つことにしようか。
「……まずは情報の整理と共有からだね。英さんと彼の事情のことはどう思う?」
「信じてよいのではなくて。わたくしたちに嘘を吐く理由がありませんもの」
「異世界出身ならこの建物が見たこともない様式なのも説明がつきますし、神々の加護があるならこのような場所でたった一人で暮らしていけていることにも納得ができます」
確かにボクたちを騙してどうこうするためにこれだけの施設を用意するのは手が込み過ぎているし、何より割に合わなさ過ぎる。
それにこう言ってはなんだけれど、ボクたちを倒すつもりであるならこれまでにいくらでもチャンスはあったはずなのだ。元勇者を名乗るだけあって、英さんからは底知れない強さのようなものを感じていた。仮に〔鑑定〕させてもらえたとしても強すぎてレベルとか見えないと思うのよね。
恐らく彼ならボクたちをひねるくらい朝飯前の片手間にできてしまうだろう。
「強い人とは仲良くする。うん。これ大事だよね!」
身も蓋もない言い方だけれど、これもまた真理なのです。いのちだいじに。ミルファとネイトも賛成のようで、首を縦に振ってくれた。
「それで今度はボクたちのことを話す番なんだけど……」
「ああ、それならリュカリュカにすべてお任せしますわ」
「はい?」
「そうですね。個人的に秘密があるのはリュカリュカだけですし、浮遊島関連のことは全部話してしまった方がかえって協力を取り付けられるかもしれません。という訳で頑張ってください。わたしたちは畑とかこの建物の周りを散策させてもらいますから」
「あ、えと、了解です……」
頼みましたわ、という言葉を残してくてくと歩き去ってしまう二人。もしかして気を遣われた?英さんのお名前的に確認したいことの一つや二つはあったのだけれどさ。
……まあ、いいか。面倒なことを押し付けられたことも確かなのだし、その対価とでも考えるようにしますか。




