862 反省は必要です
えらいこっちゃ!
リアル風の謎なお家、その外壁?にある門の呼び鈴らしきものをエッ君が押してしまったのだ!
「ど、どどどどどどういたしますの!?」
「おおおおおお落ち着いてください!?」
いや、まずは君たち二人が落ち着こうか。というか、さすがにそのリアクションはベタベタ過ぎなのでは?
とにもかくにもなかったことにはできない以上、押してしまったからには後はあちらの出方に任せるしかない。が、こちらの内々でできることはやっておく必要がある。それは、
「エッ君、どうして勝手に押しちゃったのかな?今回は大丈夫だったけど、もしも罠だったらみんなを危険にさらすところだったんだよ」
エッ君を叱ることだった。大袈裟だと思うかもしれないが、『OAW』にはパーティーが全滅してしまうような罠が仕掛けられていることがあるのだ。これはゲームのホームページにも記載されていることだし、実際に掲示板などでプレイヤーからの報告も上がっている。
一口に罠といっても多種多様で、何が起きたのか分からないような瞬殺即死系のものから大量の魔物を呼び寄せるえげつないもの、果ては生き埋めや水没といったトラウマ級のものまであるのだとか。
今回の場合も、例えば外に向かって音が鳴り響くようなものであれば、魔物がおびき寄せられてしまったかもしれない。
森を抜けてから敵に遭遇していないアンド奇妙な建物が目の前にあることから忘れがちになっていたけれど、ここは街や村などの安全な空間ではなく、敵性存在の魔物が闊歩する危険地帯なのだ。行動には細心の注意を払わなくてはいけないのです。
言われてシュンとするエッ君とリーヴ、さらにはそれを見て心配そうな顔をするトレア。あらら、ちょっと薬が効きすぎてしまったかな。
迷宮にも遺跡にも入ったことがあるから、エッ君も罠の危険性にはすぐに気が付くことができたのだろう。軽率な行動だったと自覚したならこれ以上は責める必要はないね。あの子の好奇心の強さを甘く見て、最初の段階で「触るな」と注意しておかなかったボクの責任もあるもの。
リーヴはエッ君を頭の上に乗せたまま呼び鈴に近付くべきではなかった、と反省しているのだろう。だけど二人の閃きや行動が謎解きに繋がったことも多いことも確かだ。。あまり委縮してしまってはその持ち味を生かせなくなってしまう。
トレアは純粋にテイムモンスターの先輩たちのことを心配しているのだと思われる。ケンタウロスで身体が大きいから見た目的には最年長のようにすら見えるのだけれど、なんだかんだで年下な妹気質がある子なのだよねえ。
という訳で、ここからはフォローのお時間です。
落ち込んでしまった二人の頭を軽く撫でてから、膝をついて目線を合わせる。
「何がいけなかったのか理解できたならそれでよし。後は同じ失敗を繰り返さないようにね」
ありきたりな文言で締めくくる。ちなみに、ありきたりだからこそ徹底するのは難しいものだったりします。あの里っちゃんですら「またやらかした」ことはあるくらいだからねえ。ボク?……女の子の過去を探ろうとするだなんて通報ものですよ。
そうこうしているうちに、あちらにも動きが。木戸の格子を通して敷地内が見えるのは前述したとおりだが、正面に建物の玄関がくるように配置されていた。その玄関のすりガラスに人影が映し出されたのだった。
一体どんな人が出てくることやら。お家の中から魔物が飛び出してくるようなことはないと思うのだけれど、建物の様式が様式だからなあ……。人間ではなく悪魔とか鬼が出てくる可能性もゼロではなさそうだ。
ああ、でも座敷童ちゃんと出会ったマヨヒガの時のこともあるから、鬼さんだと意外と話がしやすいかも?
内心ドキドキバクバクしながら、だけどみんなを不安にさせないよう表向きは平然とした態度のまま玄関から現れるのを待つ。扉が開いてその人物が姿を見せるまで、実際には十秒程度だったのかもしれない。けれどボクにはその何十倍にも感じられた。
「いやあ、半分以上冗談で付けたチャイムだったんだけど、まさか本当にならされるとは思わなかったよ」
あっはっはと朗らかに笑いながら出てきたのは、人の良さそうな雰囲気の男性だった。年の頃は二十代半ばから三十代初めくらいかしら。落ち着いた様子に加えてにじみ出てくる貫禄のようなものがあるためか、いまいち年齢を絞り込むことができなかった。
そのほかの特徴としては、リアルのニポン人の大半が該当する黒髪黒目であることが挙げられる。ついでに衣装の方もいわゆる作務衣というやつのようで、ショーワ風な外観の建物とは抜群の親和性だわ。
もっとも、『異次元都市メイション』に居るならばともかく、『OAW』の本編世界観からは大幅に逸脱していることになるのだけれど。
そんな訳で彼へのボクの第一印象としては。得体が知れなさ過ぎて用心を解くことができそうもない、というものだった。特に数十メートルの距離があるにもかかわらず、声を張り上げた様子もなく言葉を届かせるその技量は異常だ。
なお、スピーカーらしきものが仕込まれていた様子はない。
「おや?伝令のスキルなんだが知らないかい?結構メジャーなものだったのだけどな。俺も大規模な戦場であちこちの部隊に指示を出すのに重宝したものさ」
こちらの、主にボクの態度を見てのことなのだろう。聞いてもいないのに種明かしをしてくれる。結果としてはスキルだの大規模な戦場だの、怪しさが増しただけだったのだが。
気負った様子もなければ警戒する気配もなく、男性は木戸の向こう側数メートルのところまでやって来ていた。
「やあやあ、君たちはこの世界の人たちだね。……驚いた。かなり辺鄙な場所だと聞いていたからここにしたのだけど、まさかそんな場所にまでやってくる人間がいるとは」
「いきなり訪ねて、しかも呼び鈴を鳴らしてしまったのは謝罪します。ただ、こちらとしても辺鄙な場所に用がありましたもので」
ちょっぴりとげのある調子で言い返してやる。今の言葉が全て本当だとすると、彼は別世界出身ということになる。いくら本当に辺鄙な場所でも、余所者に言われるとイラっとするというものなのです。
しかし、あちらは気にせず話を進めていく。
「なるほど。訳アリってことか。まあ、こうやって怪しんでばかりいても仕方がないから、お互い自己紹介といこうじゃないか。俺の名前は英雄治。訳合って異世界から来た元勇者さ」
……は?
……え!?




