861 ピンポン♪押したら
世界観にそぐわないという意味で怪しいお家は、近づいてみるとつくづくリアルにありそうな建物だった。というか、ボクが暮らしている地域も結構田舎なので、細部までそっくりそのままではないけれど似通ったものなら探せばご町内で二三軒は見つかりそうな気がするよ。
「……基本的には木造のようですわね。見覚えのない様式であることを除けば取り立てておかしな部分はなさそうですの」
んー……。電波の受信アンテナとかもなければ電線が引き込まれている訳でもないから、変なところはない……。
って、いやいや!窓のガラス!『OAW』にもガラスはあるけれど、窓に使用している建物となると、開閉できないはめ込み式のものを加えたとしても極端に少なくなってくる。ミルファはつい最近までクンビーラのお城育ちだったから、その数少ない例外枠が日常だったのよね。
さらに付け加えると、部屋の中が暗いので断言はできないけれど、あの窓ガラスは大きいだけでなく透明度も高くて歪曲などもないと思われる。こちらの世界ではそこまで高品質のものを作る技術はまだなかったはずだ。
「そう言われてみますと、クンビーラでも窓ガラスがあったのは貴族街の中だけだったような気がしますわ……」
「久しぶりにミルファのお嬢様なところが出たね」
「リュカリュカの方が常識に疎いことは多いですけどね」
うおっと、これ以上はやぶへびになってしまいそうなので、意識を謎のお家へと向け直しますですよ。ブロック塀アンド金属柵による囲いは、建物から二十メートルほど離れて周囲をぐるりと取り囲んでいた。
「随分と離れているけど、防犯対策かな?」
「防犯も何も、こんなに低くて薄いようでは魔物の襲撃に耐え切れませんわよ」
「内側に罠が仕掛けてあるとか?」
塀は単なる見せかけで、敷地内のトラップ地獄によって侵入者をやっつけるというコンセプトなのかもしれない。
「あり得なくはないですが、それだとわざわざ塀を作る意味がないのではありませんか?」
「確かに壊されることが前提というには、こちらの塀はちゃんと作られておりますの」
罠設置の目印にするだけならそれこそ石でも並べれば済む話だ。これだけの物を作るとなると相応に資材や金、さらには労力や時間も必要となるだろう。であれば、何らかの意味があると捉えるのが妥当かしらん。
魔法なんていう摩訶不思議ぱわーが存在している世界だから、例えば魔物の侵入を防ぐ結界的な代物の触媒に使用されているのかもね。
色々と推測しながら塀に沿って歩いてみる。ぐるりと回り込んだあたりで縁側を発見。ウッドデッキではないことにショーワの雰囲気を感じるのはボクだけでしょうか?
さらに歩くと玄関らしき引き戸も見える。どうやら南向きのこちら側が家の正面ということになるようだ。振り返ってみると、ズドーンと『大霊山』がそびえたっていた。うーむ……。縁側でお茶を飲みながらこの景色をのんびり眺められるのは、なかなかに贅沢かもしれないぞ。誰に憚れることもないというのもポイントが高い。
「こう言ってはなんだけど、トライ村よりよっぽどすごい絶景スポットかも……」
あちらはあちらで味があったのだが、近づいた分だけ迫力が段違いなのだ。こちらからだと山肌というか岩肌もくっきり見えているもの。もしも仮に万が一登ることになったらどうしたらいいのだろう?
「長い間『大霊山』は神聖視されて登ることはおろか近づくことも禁止されてきましたからね……。登山口や登山道は間違いなく存在していないでしょう」
紀行文に詳しいルートが記載されていなかったのも、十中八九これが原因なのだろう。
「どうやって頂に向かうのかは到着した後で考えればいいことですわ。それよりも今は、この建物のことを詳しく調べるべきではなくて」
ミルファに注意されて逸れかけていた思考を目の前の物へと引き戻す。ネイトも軽く頬を叩いて気合を入れ直していた。
そんなボクたちの態度を見ていたかのように、塀の一部が門へと変わっていた。門といっても大きなものではなく小さな屋根付きの木戸――一応は観音開き――といったたたずまいだ。木製の戸の上三分の一は格子状になっていて、ばっちりしっかり中が覗ける仕様だった。
まあ、塀の部分からして上半分は金属柵で敷地内が丸見えだもの。門だけ重厚にしたところで意味がないという話だわね。
「あら?これは何かしら?」
しげしげとミルファが眺めていたのは、木戸の枠部分に取り付けられたボタンのようなものだった。みんなと一緒になって覗き込んでみると、少し出っ張った部分には音符マークが描き込まれていた。
これはもしかして呼び鈴とかチャイムとかピンポンとか呼ばれていたやつでは?最近はカメラ付きのインターフォン一般的になっているから、リアルでもほとんど見かけなくなっていたのだけれど。
その昔にはこれを押して逃げる、ピンポンダッシュなるいたずらが流行ったこともあるのだとか。
「えーと、多分ノッカーみたいなものじゃないかな。これを押して来客や訪問を知らせるんだと思う」
「ですが、近くに誰もいませんわ?それともここから家の中にまで聞こえるような大きな音を発するものですの?」
「いやいや、魔法みたいなもので家の中に直接聞こえるようになっているんだよ」
「そうなのですか?リュカリュカはよくそんなものをご存じでしたね?」
「そ、それはえーと……、メイションで見かけたことがあったんだよ」
「ああ、なるほど。メイションには変わったものがたくさんありましたものね」
ふう。何とか誤魔化せたかな。それぞれのワールドに暮らすNPCたちからすればメイションはほぼおとぎ話の世界のようなものだから、こういう時のは助かるよ。まあ、メイションに行き来できることを告げていなければできない説明方法ではあるのだけれど。
ピンポーン♪
そんなことを考えていると、どこかノスタルジーを感じさせるような電子音が響き渡る。
「!!!?」
声なき声で驚くボクたちの視線の先では、背中の小さな翼をパタパタさせて浮かび上がりながら、器用に足の先で呼び鈴を押すエッ君の姿があった。
し、しまったーーーー!!
好奇心旺盛な子どもが珍しいものを前にして我慢できるはずがなかったー!!




