860 大草原の小さくはない家
湿地帯の先にあったのは森の終わりだった。ただし、トライ村側とは違って人の手が一切入っていないから密集していた木々の間が徐々に広がって、やがてその本数を減らしていくという形になっていたけれど。
その途中で森エリアから、別のエリアへと移行していた。生息している魔物の種類や強さは不明だけれど、視界が遮られない上に足場に気を遣う必要がないから、戦いやすさという点では段違いに良くなるはずだ。
という訳で戻って合流して全員で森の外へ。この間に残念ながら二回戦闘になったが、現れたのはウォータースライムが二匹とミニスネークが一匹だけだったので苦戦することなくサクッと倒して終了です。
「これは……、言葉を失いますわね……」
「本当ならこんなことをしている場合ではないのでしょうが、見入ってしまいます」
「油断している訳でもないんだからいいんじゃない。というか、こういうのを楽しめなくなる方が問題だと思うよ」
ボクたちの見つめる先には、朝日に照らされて威容を浮かび上がらせている『大霊山』の姿があった。トライ村でもかなり見上げる形となっていたが、森を越えて近付いた今ではほとんど真上に向いているような状態だ。天辺は霞んでいて、まるで空に溶け込んでいるようだった。
ミルファが言葉をなくし、ネイトが目を逸らすことができなくなっているのも当然だわね。かくいうボクも、根元部分はともかくそこから先は塔のように――太さというか幅は、塔とは似ても似つかないサイズだったけれど――真っ直ぐ天高く伸びていくというリアルでは絶対に見られない光景を前に、意識の大半を持っていかれてしまっていた。
よく〔警戒〕を使って周囲の安全の確認ができていたものだよ。そんな自画自賛をしてしまうくらいに、目の前の景色は圧倒的な存在感があったのだった。
だからまあ、そんなものがあることに気が付くのが遅れたのはきっと仕方がないことだったのです。
「……んん?どうしたの?」
くいくいと上着の裾を引かれるような感触に振り返ってみると、そこにはリーヴとその頭の上に乗ったエッ君が居た。尋ねると二人は指先と尻尾の先をそれぞれ『大霊山』のそびえたつ方へと向ける。
???
この子たちが意味のないことをするはずがないから、これはきっと何かをボクに伝えようとしているのだろうけれど……。ボクの知っている山の姿とは異なり過ぎていて、何が変なのかすら分からない。
頭の中でクエスチョンマークを大量生産しながら、再度二人へと視線を向けたところで違和感に気が付く。リーヴの腕もエッ君の尻尾も地面に平行、つまり真横に向かって伸ばされていたのだ。
生き物などいくつか例外もあったりするけれど、普通何かを指し示すときには対処の中心付近へと向けることが多い。今の場合仮に二人が『大霊山』を指していたのだとすると、腕や尻尾はもっと持ち上げられて高い位置へと向けられていなくてはいけない。
だとすれば、二人が知らせたかったのは『大霊山』以外のものということになる。
ちなみに生き物、特に動物の場合は顔や頭を指すことが多いよ。閑話休題。
改めてリーヴとエッ君が指し示す方、角度を下げて地面の近くへと目を凝らしてみる。
「……ん?ううん?」
そこにあったのは、この世界に似つかわしくない建物だった。所々にこんもりとした林があるだけの草原の中ということもあって、景色的には別におかしくはないのよ。でも、世界観という点では違和感が物凄いことになっているかな……。
だってそこに建っていたのは、ニポン風の民家だったのだから。
一昔前もしくは二昔前くらいのショーワ的な雰囲気だろうか。木造瓦屋根の平屋造りで、田舎のおじいちゃんおばあちゃんのお家、というと何となくでもイメージが伝わるだろうか。
遊びに来た親戚が泊まれるように、客間が二つか三つくらいはありそうな大きさだった。
「家の周りにコンクリートのブロック塀まであるんですけど……」
目算だけれどそう大きな誤差はないだろう、全部で二メートル近くあるとはいえブロック塀なのは一メートルほどで、そこから上は見晴らしを確保するためなのか金属製?の柵になっていた。
その分、魔物への防御にははなはだ頼りなさそうな見た目となっていた。大型の、例えばレッサーヒュドラやウロコタイルクラスの魔物が突撃してきたら、呆気なく壊れてしまいそうだ。
つまり、
「……めっちゃ怪しいんですけど」
もはやここまでくると怪しさしか感じられないレベルだわ。放置したことで何かのトラブルや事件の原因になっても寝覚めが悪いし、知らないままならばともかく見てしまった以上は調査する必要があるよねえ……。
「二人とも、教えてくれてありがとうね」
発見者のリーヴとエッ君の頭を撫でりこして褒めてから、絶景に心を奪われたままのミルファたちを呼び戻す。
「……あのような建物は見たことがありません」
和風をモチーフにした街や国があったとしても、あんな現代的なものではなくせいぜいが近世までの社会や風土を参考にするはずだよね。
「こんな人里離れた場所にポツンと建っているのもおかしいですわ」
と、いぶかしげにしながらもどことなくワクワクとした雰囲気が抑えきれていませんよ、お二人さん。どうやら好奇心が刺激されているらしい。ネイトは元より、ミルファもすっかり冒険者の思考が身についてしまっているねえ。
ボクとしても面白そうだと思う部分はあるのだけれど、リアルに近しいということで何が飛び出してくるのか分からない不気味さから、みんなほど楽しめる気分ではなくなっていた。
まあ、先に述べたように放置するという選択肢はあり得ないのですがね。
「次の目的地はあの建物ということでいいかな?」
「異議なしですわ」
「わたしもそれで構いません」
うちの子たちも首を縦に振っているし、ひとまず怪しいお家へと向かってみましょうか。安全に休息できる場所なら文句はないのだけれど、はてさてどうなるものか。
そういえば、メイションでのあれこれが反映されるかどうかも確認しておかないといけない。先ほどまで居た森は魔物の生息区域ということで、装備品の修復や購入したアイテムの持ち込みに制限がかかっていたのだ。
割と本気であのお家が町や村と同じセーフティーゾーンであることをお祈りしたくなってきたよ。




