859 先行偵察
人間とは本質的に闇を恐れるものである。いつだったか、本か何かで見た一節だ。詳しい言葉の読み解き方は置いておくとして、先が見通せないことへの恐怖という意味ではその通りだと思う。
土地勘もない状態でギリギリ足元が見えるだけとなると、不安な気持ちが喉の奥からせりあがってくるかのようだ。
つまり何が言いたいのかというと、ミニマップがあるって本当に便利だし安心だよね!……まあ、あくまでも移動可能な個所が分かるだけなので、細かな起伏といったものには注意が必要なのだけれど。森の中だからね。油断すると木の根っこなどに足を引っかけて転んでしまうのよ。
それでも〔警戒〕技能を用いれば発見した敵の居場所なども表示されるから、便利さ具合は一段と跳ね上がる。もっとも、こちらも絶対ではないから過信は禁物だ。実際のところ、長寿ウロコタイルは発見できずに鉢合わせすることになってしまった。
そこで有効なのが敵から発見され難くなる〔気配遮断〕技能です。さらには〔軽業〕技能で足音を減らしてやれば効果は倍増だね!本来〔軽業〕はアクロバティックな動きをしたりバランスを保つサポートをしたりといったものなのだけれど、それを応用する形で足音を軽減するようなこともできてしまうのだ。
もちろん、専門の〔隠形〕や〔忍び足〕といった技能にはかなわないけれどね。
「問題は〔気配遮断〕の熟練度があまり高くないことなのよねー……」
パーティーでの行動が基本だったから、これまで使う機会がほとんどなかったのですよ。みんながいるのがバレバレな状態で、ボクだけ存在を隠しても大して意味がないもの。
なんやかんやでゲーム開始からすぐにエッ君をテイムすることになったのは、そういう意味では本当に予定外だったし予想外だった。
それでもないよりはマシだから使用しておくけれど。拮抗した状態だと、そういう少しの差が明暗を分けることも結構あるものなのです。
「先がどれだけ長いか分からないし、MPは節約していこうかな」
順番に説明していくね。まずミニマップで森の端はなんとなく見えているのだが、その先はさらに未知の世界が広がることになる。その昔の紀行文などには『大霊山』のふもとにまでたどり着いた、という記述が残っているらしいのだけれど、その一方でどちらの方角なのかや詳しいルートなどは不明なままなのだとか。
だから最悪、人里はトライ村で最後という可能性すらあるのよね。魔除けのお香があるから休息は問題ないとはいえ、薬系アイテムの在庫が心細くなっているから、緊急事態への備えは十二分にしておきたいところだ。
ということで独り言の後半、MP節約へと繋がる訳です。実は技能の大半はMPを消費することで効果を強化することができるのだ。
そして〔気配遮断〕もこれに当てはまるのだけれど、いかんせん素の熟練度が低いから強化したところでたかが知れているという悲しい現実に直面していたのだった。ぐぬぬ……。
技能のサポートを受けながら、足場の悪い中をひょいひょいと進んでいく。みんなの動きにおかしな様子はないので、後方から魔物が迫ってきているといった危険な事態も発生していないもよう。
ボクの方も頻繁に〔警戒〕を使用して周囲を探っているが敵の気配はない。……そういえば今のようにこっそり行動するときには蛇さんを名乗るのが様式美らしい。
れっどすねーく、カモン。……違う?あれ?
みんなからそこそこ離れた所でミニマップを確認してみると、前方に移動できる範囲が大きく広がっていることが見て取れる。
トライ村側と同じだとすると、湿地帯が終わり森の外縁部に移り変わっていることになるのだが、果たしてこちらではどうなのだろうか?きりよく出口まで先行したいところだが、みんなの位置がミニマップの範囲からはみ出してしまうので断念する。一度この辺りまで移動してもらうべきかしらね。
戻る際にもしっかりと周囲を探り安全を確かめておく。
「お待たせ。森の出口にまではいけなかったけど、その手前くらいかな?っていう場所までは行ってきたよ」
湿原地帯が終わりそうだと告げると、ミルファもネイトも出口が近いと感じたようだった。
「逆にそのまま森が続く可能性も考えられるから、気を緩めずに進んでいこう」
リアルニポンの山のように、ふもとどころか中腹まで森が続いているかもしれない。出口を期待し過ぎては落胆する羽目になるから気を付けないとね。
まあ、ボクとしてもそろそろお日様が恋しくなってきている。植生と出現する魔物が変化しただけで鬱蒼とした森が続くという展開は勘弁してほしい、というのが本音のところだったり。
「とにかく進んでみないとね。相変わらず足場が悪いから注意してね」
先頭に立ちながら一人の時と比べて気持ちゆっくり目に足を動かす。簡単そうに進んでみんなが勘違いしてもいけないので、〔軽業〕技能も今はお休み中です。
うわ!?ずるっと足が滑った!?
ワタワタしながらも全員無事に先行偵察した付近まで来ることができていた。その頃になると月の光とは違ったほのかな明りによって、夜の闇が薄らぎ始めていた。空を見ることができたら、東の方が白ずんでいただろうね。
「強い魔物が闊歩する危険な時間帯はもうすぐ終わりそうですね」
「ですが、魔物の生息する場所であることに変わりはありませんわ」
ミルファの言う通り、村や町の中、魔除けのお香の範囲内に比べると危険地帯であることに変わりはない。一方で、夜間は強い種族やレベルの高い個体とエンカウントしやすいように設定されているから、ネイトの言い分も正解なのよね。
「次の偵察に行ってくるから、みんなはちょっと休憩してて」
と言い残して、先ほどは断念した湿地帯が終わる向こうへと進む。ようやく森を抜けられるかもしれないと思うと、知らず知らずのうちに気持ちが急いていた。
しかーし!ボクだって成長しているのです。複数の技能を使用することで敵の存在を察知して、その上発見されることなくやり過ごすことができたのだった。
なお、現れた魔物は一体のウロコタイルとミニスネーク三匹だった。〔鑑定〕を使っていないので正確なところは不明だが、遠目に悠々とカラフルな色合いが水面を進む様が見えたので、ウロコタイルに関しては高レベルだった確率が大です。
いやはや、最後まで気が抜けないエリアだわ……。




