856 激闘の課題
一斉に攻撃を開始した仲間たちに対して、ボクはその場でアイテムボックスから次なるアイテムを取り出していた。狂暴化で効果が薄くなっているかもしれないので使うのを控えていた解毒薬だ。
大幅な弱体化が発生している今なら十分に効くはずだと考えた訳です。
まあ、これまでとは逆に弱体化を軽減してしまう可能性もあったと気が付き、後でゾッとする羽目になるのだけれどね。結果から言うと、解毒薬は今まで通りに自動回復能力を低下させることができたので、使用したのは大正解だった訳ですが。
「【ヒール】!」
ネイトとアイテムでMPを回復したばかりのリーネイから回復魔法が飛ぶ。何とここまでやってもなお、戦いはボクたちの一方的な攻勢とはならなかった。全体で見ればこちらが押しているのは間違いないのだけれど、狂暴化しているレッサーヒュドラの攻撃力は健在なままだったのだ。
一度など引き際を誤って深入りしてしまったエッ君が、一度の反撃でHPの七割を一気に削られた。ダメージ量もさることながら、うちのパーティーで一番素早いエッ君が呆気なく追い詰められたことがショックだったのよね。
後から思い消すと、これで微妙に士気が下がったのが痛かった。どうしても腰が引けてしまい、攻撃に今一つ芯が通わなくなってしまっていたのだ。
同時に防御の方もエッ君ですら捕まってしまうとなると回避はほぼ不可能なので、ダメージを軽減できるリーヴが対応するしかなくなってしまう。実は先ほどの回復魔法も、矢面に立つことでじりじりと削られたリーヴへのものだった。
こうしたことから戦闘時間が延びてしまい、結果としてボクたちの側の被害もかなりのものとなっていた。
ボスモンスターではなく通常のポップアップモンスターの扱いだったので、攻撃パターンの追加が一度だけで打ち止めだったのは救いかな。まあ、狂暴化している時点で手が付けられないくらい強かったのだけれど。
なお、追加されたのは毒液を飛ばすというえげつないものでしたよ。運良く最初に狙われたのが攻撃後に少し距離を取っていたボクだったため軽微な損害ですんだ――手持ちのアイテムで解毒と回復が間に合った――が、離れた位置でサポートに徹していたネイトたちがいきなり狙われていたら、それだけで全滅していた可能性すらあったね。
危なげがなかったのは、常に円を描くように移動しながら敵の視界の外から矢を撃ち込んでいたトレアくらいだったのではないかしら。
そんな彼女ですら、いつもとは違って味方のフォローに回る余裕をなくしていた。もっともこれにはボクを含む近接戦メンバーがアタッカーになり切れていなかったことも大きく影響していた訳ですが。リーヴが防御に専念して、ボクたちは順番にヒットアンドアウェイで攻撃を加えていく、というパターンが構築できるまでは時間を無駄に費やしていたすらあったからねえ……。
こうしてみると、綱渡りどころの騒ぎじゃないな。本当によく無事に生き残れたものだわ……。
……あ!ばらしちゃった。コホン。まあ、そういうことで大ピンチの連続ではありましたが最終的にはこの戦いに勝つことができました。
だけど後もう一つでもミスが重なっていれば、敗北していたのはボクたちの方だったかもしれないというギリギリの戦いだったと思う。
「勝てた……、けどこんなに余裕のない戦いはこれっきりにしたいかな」
全員疲れ果ててその場にへたり込んでしまっているよ。これまでに経験してきたイベントボスとの戦いよりも厳しかったかもしれない。こんな魔物を唐突に出してくるとか、やっぱり『OAW』の運営はどうかしていると思います!
「そろそろ時間のようです。リュカリュカ、本日はもうわたしたちは戦いに参加することができないませんからね」
「先へ進むにしろ早めに休むにしろ、十分に気を付けてくださいまし」
戦闘が終了したことで〈共闘〉の効果も切れかけているらしい。チーミルとリーネイはそう言い残すと、『ファーム』の中へと帰還していった。あの子たちがいざという時の戦力として機能してるのは悪いことではないが、〈共闘〉にはゲーム内時間で一日につき一回という使用制限がある。
彼女たちありきで戦いを切り抜けようとするのは問題だよね。あくまで通常の六人のパーティーメンバーで対応できるようにならないといけない。
「ですが、出しそびれて負けてしまっては元も子もありません」
「その辺は変にこだわらずにこれまで通り危険だと思えばすぐに〈共闘〉を使用するつもりだけどさ」
「要は使いどころを間違えるな、ということですわね」
この前の『なんでも貫通弾!』しかり、結局のところはそれに尽きるのだろう。
そうそう、番のレッサーヒュドラたちのドロップアイテムですが。これだけ苦労したにもかかわらず、長寿ウロコタイルの方がレアものが多かったという、なんとも言えない結果となってしまった。
「そ、それだけ長寿ウロコタイルが強くて危険だったということですわね!」
「え、ええ。少なくとも切り札を切っただけの意味はあったのだと思いますよ!」
実際のところミルファとネイトの言う通りなのだが、フォローされればされるほどに頑張って良いところ探しをしたような、微妙にいたたまれない気分になってしまうのは何故なのでせうか?
「ま、まあ、比較しちゃうとあれだけど、ものは悪くなかった訳だし!ところで、もう少し戦い方を考えないといけないよね」
このままだと泥沼にはまるどころか底なし沼で抜け出せなくなりそうなので、強引にでも話を変えることにする。
「最前線を安定させるために、もう一枚壁を用意するべきかなあ?」
最終的に防御に専念したリーヴが堪え切れたから良かったが、その分負担は大きかった。今回のような場合でも強固な壁が二枚あれば交代で回復や休息をとることができただろうし、上手くいけば封じ込めることだってできたかもしれない。
「それも一つの選択肢だとは思いますが、壁を増やした分だけ攻撃は下がってしまいますから、そのあたりの兼ね合いも考えておく必要がありますよ」
確かにそれは言えているかも。六人というパーティーの総数は決まっているのだから、その中でバランスを取る必要はあるわね。
「二人とも、本格的に議論するなら魔除けのお香で安全地帯を確保してからにするべきではなくて」
あ、やばい。ボクたちは今、満身創痍の状態なのでした。




