845 あえて手を出さないという選択
相談相手として選んだのはもちろんあの人、『香辛料採取の達人』の二つ名持ちのおじさんだった。いつものごとく冒険者協会のロビーに居たのをいいことに、「相談したいことがある」と言って奥にある会議室にまでご同行願ったのだった。
どうでもいいけれど、この人トライ村『商業組合』の幹部のはずだよね?いつもそこに居て大丈夫なのかしらん?
「そいつはおかしいぞ。何せあのパーティーへの入れ込みは相当なものだったからな」
女性職員の様子はもはやファンのようだったらしく、おじさんたちからすれば採取勝負の一件で露骨なえこひいきをしたことにも、驚くよりも「ああ、ついにやっちまったか……」という気持ちの方が強かったのだとか。
「これまではさすがにそんな無茶はしなかったんだが……。だから何かのタガが外れちまったもんだとばっかりに思っていたぜ」
「それ、放っておいたらまずいやつじゃないですかね?というか放置されていたから悪化したんじゃないですか?」
「俺たちだって黙って見ていた訳じゃないさ。あんなことをしでかさないようことあるごとに注意はしていたんだがなあ……」
そのうちに例の若者たちによる反抗がはじまってしまったため、おじさんたち年配組も彼女のことにばかりかかりきりになってはいられなくなってしまったようだ。実際は問題自体は起こしていないから後回しにした、というのが大方のところではないかしらね。
大人たちの責任についてはともかく、そうなると新たな疑問が浮かび上がってくる。
「確認なんですけど、彼女の態度は誰が見ても分かるようなものだったんですよね?」
「よっぽど鈍いやつでもなければ気が付いただろうな」
そんな人物が急に推しを乗り換えるなんておかしい、というのがこれまでの話だった訳ですが、よくよく考えてみれば受け入れる方も大概おかしいのではないだろうか。
「相手にされてこなかったかどうかまでは知りませんけど、対応はともかく少なくとも態度に差はあったんですよね。そんな人に急にすり寄ってこられても、普通はそう簡単に受け入れることなんてできないと思うんですよね」
ようやく認めてもらえたと捉えるプラス思考の人がいないとは言わないけれど、間違いなく少数派だと思う。しかもその道の権威でも何でもない近しい年代の人となればなおさらのはずだ。
「逆に受け入れられるだけの何かを彼女は持っている、という可能性もあります」
「何かってなんだ?」
「そこまでは分かりませんよ。ボクたちがトライ村にやってきたのはほんの数日前なんですから」
「そういやあ、言い方は悪いが嬢ちゃんたちはまだ新参者だったな。いろんなことがあり過ぎてずいぶん昔からいるような気になってたぜ」
他人事のように言っているけれど、その半分くらいはおじさん、あなたが原因なのですがね。
「とにかく、手遅れになる前に彼女と彼女を受け入れたグループの調査をした方がいいと思います」
「そうだな。若い連中同士の対立が村全体に広がらないとも言い切れねえし、争いの火種になりそうなもんは早めに始末しておかなくちゃいけねえよなあ。ところで、嬢ちゃんたちは手伝ってくれたりはしねえのかい?」
「余所者ばかりが目立つと碌なことになりませんから遠慮します。それとも、村の人たちが一致団結するために外敵に仕立て上げたいんですか?」
使い勝手のいい便利屋扱いされてはたまったものではない。もしもそういうつもりならば、こちらにもそれなりの考えがあるぞと暗に知らしめるように、身にまとう雰囲気をこれまでの友好的なものから一気に冷ややかで敵対的なものへと変化させる。
「っ!?……そんなつもりはないから安心してくれや。とりあえずその物騒な気配を消してくれ」
ふむ。これだけ脅しておけば、これからはいきなり可笑しな事態にボクたちを巻き込んだりはしないかしらね。
『大霊山』のふもとに向かうためにはあの森を抜けなくてはいけないから、しばらくはあの環境に慣れるためにもトライ村に滞在するつもりだが、抱えている問題や厄介事をすべて解決して回るつもりはないのだ。
そういうのは旅の途中の勇者様にでもお願いしてください。このワールドに存在しているのかどうかは知らないけれど。
そんなこんなでいつの間にか悪化していそうで不安という意味で微妙に気になりつつもトライ村の中のことは現地住民たちに任せて、ボクたちは連日森で魔物の討伐と香辛料類を中心にアイテムの採取に励んでいた。
装備についてはいったん後回しにすることになった。プレイヤーたちが集う『異次元都市メイション』でフレンドや知り合いに相談してみたところ、そろそろメイション産、つまりはプレイヤーメイドで装備を一式揃えてみてはどうかということになったのだ。
ボクたちのレベルもおおむね三十の大台に乗ったことだし、レアアイテムを使用した装備品であっても十分にその性能を発揮できるだろう。
なにより、それらを購入すための資金にも目途をつけることができたので、思い切ってやっちゃおうか!ということになったのだった。
その資金源というのが香辛料類だ。多種多様な料理が出回っていることからもわかるように、メイションでも香辛料の類は手に入れることができる。
ところが、先のアップデートで採取品に品質が付くようになった。勘のいいひとはもう気が付いたことだろう。そう、高品質の採取アイテム類はメイションにある一般商店では手に入れることができず、各プレイヤーそれぞれ自分のワールドで採取する以外に入手の方法がなかったのだ。
さらに香辛料はワールド内でも特定の場所でしか採取することができないときている。必然的に需要が高くなり、高値で取引されるようになったのでした。
当然のように僕もこのビッグウェーブに乗ることにした。とはいえすでにボクは『テイマーちゃん』として『OAW』では有名プレイヤーとなってしまっている。恨まれたくもなければこれ以上悪目立ちもしたくはない。
そこでフレンドに間に入ってもらったり、縁あって親しくさせてもらっている人に値崩れが起きない程度の安めの金額で売ることにしたのだった。
それでも十二分に儲けが出ている訳でして。皆どれだけ強気の値段設定にしているのよ……。




