842 依頼完了と勝敗の行方
入り口近くで料理をしたせいか、門番の衛兵さんたちに差し入れすることになったりもした――その代わり焼きたてパンを分けてもらえたよ。美味うま――けれど、朝食後には無事にトライ村へと入ることができた。
「いやあ、朝飯の主菜を催促したようで悪かったなあ」
「気にしないでください。材料があるときはいつも多めに作るようにしているので」
よだれを垂らしかねない顔でこちらを凝視されている状況で、無視して自分たちだけご飯を食べるような真似はできませんでしたよ。まあ、先にも記したように代わりに焼きたてのパンをもらうことができたし、一方的に損をしていた訳でもないので問題はナッシングです。
それに彼らと仲良くなっておけば、もしも村の若手連中と仲違いすることになっても融通をきかせてくれそうだ、なんていうちょっぴり黒くて打算的な考えもあった。
ちなみに、多めに作っていたのは「こんなこともあろうかと!」を言うため、などということはなく単に人一倍どころかそれ以上に食欲旺盛なエッ君やタマちゃんズがいるためだったり。
仮に余ったとしても、アイテムボックスに放り込んでおけば傷まずに長期保存も可能ですので。こういうところはリアルにはない便利さだよねえ。いつかこうした技術も再現できるようになるのかしらん?
そんなこんなで冒険者協会へと戻って来てみると、中はいつになくざわついていた。しかも活気があるといった良い雰囲気ではなく、どちらかといえば負の感情が強い、焦燥感を伴ったひりつくような様子だった。
「えーと、何かあったんですか?」
あちこちで数人ごとに固まっては深刻そうに話し合っている人たちを避けて進み、とりあえず顔見知りの、勝負の元凶になったおじさんに声をかける。
「ああ、何でもうちの若いやつらがレッサーヒュドラに出くわしちまったようでな。しかも助けに入ってくれた人たちに押し付けてそのまま逃げかえってきちまったのよ」
答えてはくれたものの協会からの何かしらの発表でも待っているのか、こちらを振り向くこともなく彼の視線はカウンターの向こう側へと注がれたままとなっていた。
ボクたちはといえば、どこかで聞いたことのある話だな?などと思いながらもそれだけで状況を理解できるはずもなく、さらなる情報を集めるために会話を続けることにした。
「あまりほめられた行為じゃないですけど、それ自体は別に違反でもなんでもありませんよね?」
例えば昨日すれ違った彼らのように満身創痍な状態であれば、足手まといにしかならなかった可能性もある。一口に一緒に戦うと言っても、お互いの動きに連携が取れなければ邪魔になることだってあるのだ。
複数の魔物がいて、そのどれかを任せることができるという状況でもなければさっさと逃げてくれた方がマシというまである。
「まあ、その通りなんだが、その押し付けた相手がまだ戻ってきていないんだよ」
「あらま。それはちょっと心配ですね。どんな人たちか分かっているんですか?」
「ああ。つい先日この村にやって来たばかりで、ちょうど嬢ちゃんたちのように若い女ばかりのパーティーだ……、って、いたああああ!!」
「うひゃあ!?」
話の途中でおじさんがこちらを向いたかと思えばいきなり大声をあげられたのだから、ボクたちが驚いて飛び上がってしまったのも無理はないというものでしょう。
「無事なら無事だとちゃんと連絡を入れろよ!」
その上なんだかよく分からない無茶振りまでされる始末だ。とりあえず彼の言動から察するに、レッサーヒュドラを押し付けられて帰ってこない冒険者というのはボクたちのことだったようだ。
で、詳しく話を聞いてみたところ。
「うーん……。いろいろと誤解が生じてますね」
「誤解?」
「ええ。まず、押し付けられたのではなく、少しでも戦いやすい場所で迎え討とうとしました」
逃げられないと判断して仕方なくではあったのだけれど、そこまでわざわざ説明する必要もないかしらね。
「それと、追って来ていたのはレッサーヒュドラだけじゃなくて、ウォータースライムも二体いましたから」
そう告げた瞬間、場がざわめく。ボクたち三人の魔法でサクッとオーバーキルしてしまったが、物理攻撃への耐性が高いあやつらは魔法攻撃の手段がなければ一変して強敵になってしまうため、一般的には要注意の魔物なのだ。
このように戦わずに逃亡を選択したのも仕方がない、とフォローしてあげたつもりだったのだが、冒険者協会に集まっていた人たち、特に年配のベテラン勢は一様に苦い顔となっていた。
「あのバカどもが!報告は正確にしろとあれほど何度も言って聞かせたってのに……!」
あちゃあ。かえって若手冒険者たちの不備を際立たせることになってしまったみたい。なお、当人たちは昨日の怪我の療養中なのだとか。
「そうなると、あの採取勝負の一件は?」
「嬢ちゃんたちの不戦勝、ってのが妥当なとこか」
無事に生きて帰って納品や報告を行うことで初めて、依頼は達成されることになるのでけがで身動きがとれないとなるとそういう扱いになってしまうのも仕方がないことではある。
「ちょっと待ってください!」
突如カウンターの向こうから横やりを入れてきたのは、ボクたちよりも少し年上の女性だった。そういえばおじさんの愚痴に対して食って掛かっていたのも彼女だったはず。
「昨日の時点で彼らは依頼の採取品をすべて集め終えて納品済みとなっています!」
「なんだと!?そんな話は聞いていないぞ!?」
「昨日はレッサーヒュドラの件でもちきりでしたので。それに、いくら依頼主だからといって状況を逐一報告する義務はありませんから」
しれっと悪びれた様子もなく言っているが、要するに関心がそちらに向いているところで、こっそりと対応したということだよね。年代といいこれまでの態度といい、彼女は村の若手連中の熱烈な支持者なのかもしれない。
一方で、おじさんたちはかなり苛立った様子を見せていた。心情的にはジャンケンで後出しをされたようなものだから当然の反応ともいえる。まずいね。このままだと一触即発の状況にまで発展しかねない。
「ボクたちは別に構わないですよ。同じく依頼品は全て採取できていますから」
どこまで効果があるのかは分からないけれど、無理にでも間に割って入ることにする。
「そうだ。ついでに倒した魔物の素材も見せておきましょうか。後で作り話だの嘘だのと難癖をつけられたくないですからね」
ニッコリと協会職員の彼女に言ってやると、露骨に顔を背けられてしまった。いや、本当にやるつもりだったんかーい!




