841 キャンプ?いえ、野営訓練です
物見櫓の衛兵さんに挨拶をして、道から少し外れた村を取り囲む外壁のそばへと移動する。同じ地面でも土がむき出しでしかも踏み固められた場所に比べると、草地の方がクッション性があって寝るのが楽なのよ。
わずかな違いだけれど、案外とそういうことの積み重ねが大きな差となって表れてくるものだったりするのだ。……多分ね。
アイテムボックスから取り出したパーツを組み合わせながら、三人で協力してテントを張る。うちの子たちは見張りアンド焚火に使用できそうな燃料拾いだ。
余談ですが、薪等の燃料はこういう特定の状況下でだけ拾うことができるある意味レアアイテムだったりします。当たり前のように特殊な効果は一切ないので、わざわざコレクションしたりする人はいないけれどね。
「ふっふっふー。久しぶりにボクの〈料理〉技能が火をふくぜー」
この〈料理〉技能事態は結構前から習得していたのだけれど、色々あって、主にアイテムボックスにでき立て料理を入れておけるためにあまり披露する機会がなかったりするのよね。
ニコニコと普段以上の笑顔でトレアが近づいてくる。最初に食べたのがボクが作ったてりやきチキンサンドだったためか、うちの子たちの中でもボクが作るの料理が好きなのだ。
他の子たちやミルファやネイトも決して嫌っている訳ではないのだが、一番美味しいと思うのは?と尋ねると、順当に『猟犬のあくび亭』の料理長さんが作った料理、という答えが返ってくるのが常だった。さすがはクンビーラの公主様ですらお忍びで食べに来るだけのことはある。べ、別に悔しくなんかないんだからね!
などと雑なツンデレムーブを頭の中で思い浮かべながら、技能を駆使して料理を仕上げていく。メインとなるのは先ほど狩ったばかりのブレードラビットのお肉を、これまた今日採ってきたばかりの香辛料をふんだんに使って焼き上げたスパイシーな一品でございます。
香辛料の知識はないけれど、技能のアシスタント機能で楽々お料理だ。
「随分と豪勢に香辛料を使っていますわね。依頼の分は大丈夫ですの?」
「あ……」
「え?」
「冗談だよ。依頼の分は別に確保あるから大丈夫。というか今使用した分は採取に失敗して品質が悪かったものばっかりだから」
「ふう……。笑えない冗談はやめて欲しいですわ」
「ごめん。今のはボクが悪かったよ。お詫びといっては何だけど、いっぱい食べてね」
リアルの野生ウサギとは違って、ブレードラビットは中型犬ほどの大きさがあるのでドロップするお肉の量はまあまあなものとなる。増加していた空腹値を解消できるくらいの分量は十分に確保できていた。
和やかな食事が終わったところでメンバーチェンジ。エッ君とリーヴにトレアが『ファーム』へと入ると、交代でチーミルとリーネイ、そしてタマちゃんズが飛び出してくる。
「みんな、大変だと思うけど寝ずの番をお願いね」
「わたくしたちにお任せですわ」
「頑張ります」
「にゃー」
空腹や眠気といったものを感じ難い魔法生物であるチーミルとリーネイ、そして群体の特性を活かして全方位を監視できるタマちゃんズは夜間の見張り役にもってこいの存在なのだ。
魔法生物というくくりで言えばリーヴも該当するのだけれど、昼間の激戦の疲れもあるからねえ。無理をさせずに夜は基本的にはお休みという形となる。
ボクとミルファとネイトが交代でこれに加わるのが、ボクたちの夜間警備体制だ。まあ、ボクの場合はスキップ機能を使用したズルっこになるのだけれど。
焚火の様子を延々と流すヒーリング動画でもあるまいし、ゲームができる限られた時間を夜間の見張りに割り振ることはできないので。
結局この夜はブレードラビット二匹とトゥースラットが三匹という混成部隊が一回、ロンリーコヨーテが二回――二度目は三匹とロンリーではなかったけれど――の計三回の魔物による襲撃を受けることになった。
掲示板などの情報によれば、この回数自体は特に多くも少なくもない平均的なものらしい。ただし、街の周辺や街道周辺に限るとのこと。
つまりその他の土地の場合は襲われる回数が増加する確率が高い、ということになるのだ。当然僕たちが向かうことになる森もそちら側で、出現する魔物は厄介で面倒な連中ばかりときている。
これは簡易式のセーフティーゾーンを発生させるだとか、魔物除けの効果があるだとかいったアイテムを探すなり作るなりする必要がありそうかしら。
急がば回れともいうし、今回の件が片付いたら情報を集めるついでに『異次元都市メイション』に行ってみるべきかもしれない。
「まあ、でも、まずは腹ごしらえからだね」
夜間にブレードラビットが追加でやって来たこともあって、お肉には事欠かない。昨夜はシンプルに焼いたから、今度は今度は少し手の込んだものに挑戦してみるのも悪くない。
「んー……。醤油と砂糖を使ったてりやき風とワイン煮込みのどっちがいいかな?」
「どちらも美味しそうですわね。ですがあえて選ぶならワイン煮込みにしますわ」
「わたしはてりやきがいいですね」
おや、珍しくミルファとネイトで意見が分かれたぞ。一方でチーミルとリーネイは本体の二人とは異なり、それぞれ反対の品を希望していた。要するにどちらも食べたいということみたい。
タマちゃんズは「何でもいいからごはん!」と相も変わらず食欲旺盛な雰囲気だ。そもそもこの子たちに好き嫌いはないからね。
「どうせだから両方作ろうか。〈料理〉技能の熟練度も上げておいて損はないだろうし」
アイテムボックス内に保存している完成品も少なくなってきている。『大霊山』への出発前にはトライ村で買い込むつもりではいるけれど、手早く美味しい料理を確保する手段はいくつあっても無駄にはならないでしょう。
「それならわたくしたちは近くに魔物が潜んでいないか見回りをしながら追加の薪を探してきますわ」
「お願い」
一晩中燃やし続けていたせいで、焚火の燃料が乏しくなっていた。リアルに比べて時短で簡単に作れるとはいえ、料理をするならもう少し火力が欲しいところだったのでミルファの申し出はありがたいものだった。
さて、それじゃあみんなが戻ってくるまでサクッと下ごしらえをしておきましょうか。




