840 採取勝負二日目 その4
魔物たちをトレインしてきた連中の姿はどこにも見えない。そしてレッサーヒュドラを倒した時点でボクたちの消耗もかなり激しいものとなっていた。
激戦だったことで気が付かなかったけれど、辺りは薄暗くなりつつあった。どうやら思っていた以上の時間を費やしていたらしい。
幸いにも採取依頼品は既に全部確保済みだ。下手に慣れない森の中で野営をしたりはせずに、ここは最低でも出現する魔物が弱い街道付近までは撤収するべきだろうね。
「そうと決まれば、三十六計逃げるにしかず!さっさととんずらするよー」
「もう少しその言い方は何とかなりませんか?」
「ネイトの言う通りですわ。それではまるで敗北して逃げ帰るようで印象が悪すぎですの」
ボクの宣言に二人から待ったがかかる。ふむ。森の魔物たちから逃げるという意味では間違いではないけれど、依頼の採取品は全て入手出来ている訳で目的は果たしているといえる。加えてピンチの冒険者パーティーを助けて、彼らを追いかけてきた魔物を返り討ちにするという金星もあげている。
確かに逃げるという言い方はするべき時ではないのかもしれないね。
「じゃあ、ちょっと大げさだけど、凱旋ってところでどうかな」
「悪くないですわね」
「今回は十分にそう言えるだけの成果を上げていますものね」
今度は無事にミルファとネイトからの賛同を得ることができた。
と、後から考えるとのんきなやり取りをしていたのが失敗だったのよね。それまでとは打って変わって魔物と接敵する回数が増えてしまい、森を出るまでにウロコタイルが二頭にウォータースライムが五体、ミニスネーク三匹と戦う羽目になったのだった。
「や、やっと森の外に出られた……」
「疲れましたわ……」
「真っ暗になってしまう前に抜けられて良かったです」
ボクたちだけでなく、うちの子たちも一様にホッとした雰囲気だ。いつも元気なエッ君でさえ今ははしゃぐ気力を無くしていた。
街道近くまでは帰ってくることができたが、ネイトが言ったように既に太陽は西の地面の下へと潜り込んで夕焼けどころか周囲には暗闇が広がり始めていた。
この世界は魔物という脅威が存在しているから、一定以上の規模の街や村では夜間の出入りが禁止されているのだよね。具体的に言うと周囲を柵や壁で囲うことができていて、出入り口の門がしっかり管理されている場合、ということになる。
トライ村もまたその条件をクリアしているため、夜間の出入りはできなくなっている可能性が高いのだった。『三国戦争』のあおりで訪れる人が減ったといっても、そうした安全面は維持し続けているということらしい。
「普段なら安心できることなんだけど、いざ締め出される側となると弱っちゃうよね」
「わたくしの名前を出せば融通をきかせてくれるかもしれなくてよ」
「それは止めた方が無難でしょう。下手に恩を着せられてはクンビーラに迷惑が掛かってしまいますよ」
交渉の場に着くためにボクたちの名前を貸すくらいならともかく、交渉を有利に進めるための材料にされるのは困る。どうしようもなくなるまでミルファの名前を出すべきではないだろう。
「まあ、野宿の練習だとでも思って頑張りましょうか。『大霊山』のふもとまで行くにはあの森の中での野宿が必須になってくる訳だしね」
これも実は頭の痛い問題の一つなのよねえ。『水卿公国』での旅で多少は慣れたとはいえ、あの時はボッターさんたちやジェミニ侯爵一行と一緒だったからなあ。後日実地――あの森の中ね――で何度か訓練しないといけないかも。眠れずに疲労ばかりが蓄積していくようでは森を越えることなんてできやしないだろうから。
とはいえ、それはまだ先の話でもある。今は今日の野宿を無事に終えられるように頑張ろう。
そんなこんなでトライ村へと向かって街道を歩く。中に入ることはできないけれど、人里近くの方がより安全なのです。ゲームのシステム的なことを言ってしまうと、街道周辺に出没する最初期の魔物としか遭遇しなくなっているのだ。しかも低レベルばかりというおまけつきらしいですよ。
「ロンリーコヨーテ程度であれば、束になってこられようともものの数ではありませんわ」
「いやいや、フラグになりそうなことを言うのは止めて」
森の中での連戦で万全にはほど遠い状態だし、いくら質が量を圧倒できる世界だとしても数の暴力はやはり脅威なのだ。それでも大量に出てくるなら、せめて美味しいお肉をドロップしてくれるブレードラビットにしてください。
クンビーラを出発する際に大量に作ってもらった料理も残り少なくなってきている。同じようにトライ村で購入するのもアリだろうけれど、そろそろ装備品のお手入れや場合によっては買い替えなども視野に入れなくてはいけない頃合いだ。
余分な出費を減らすためにも自分たちで料理するか、食材くらいは確保するべきだろう。
「いろいろとやらなくちゃいけないことが増えてくるなあ」
「仕方がありませんよ。そういうことをやりくりするのも旅の内ですから」
一方で、大きな街道沿いに限定されるものの、しっかりと宿場町が整備されていたりする。そういう点をみると、やはり『OAW』は初心者向け、ライト勢向けに開発されたのがよく分かるというものだわね。
正直、いくらゲームの世界であっても、危険と隣り合わせな場所でいきなり野宿とかしたくなかったもの。
てくてくと街道を歩いてトライ村の入り口に到着です。途中でエンカウントしたブレードラビットはお肉になっていただきました。やったね、おかずが一品増えたよ。
「おや?冒険者か?悪いが日が暮れてしまったから村には入れないぞ」
門に隣接するように建てられた櫓の上から声がする。見張りの衛兵さんかな。内容の方は予想していた通りなので問題はない。
「了解でーす。夜が明けるまでこの近くで野宿させてもらいますね。あ。テントを張っちゃダメな場所とかありますか?」
「門のすぐ前だとか道のど真ん中でもなけりゃどこでも構わねえよ」
「いや、そんな変な場所に張る人なんていないでしょ」
「俺も直接見たことはないんだが、同じく門番やってたじいさまによると、観光客が多かった時代にはそんな変なやつもいたらしいぞ」
なんともはや、旅の恥はかき捨てな精神の人もいたものだ。このゲーム、ちょこちょことリアルを皮肉ってくるところがあるのよねえ。




