836 予想通りだった裏事情
ボクたちが巻き込まれた採取勝負は、予想していた通り勝手なことをしている若手連中を諫めるために仕組まれたものだった。まあ、かなり行き当たりばったりな作戦だったようだけれどね。
さらに一部のはねっ返りではなく村の若者全体にまでその傾向が表れ始めているというのには驚かされることになった。
「若いやつらの暴走なんざ掃いて捨てるくらいあるもんだが、さすがにここまで大きくなっちまうと介入しない訳にもいかなくてよ」
「おじさん自身やんちゃしてた経験がありそうだもんね」
「……否定はしねえ」
苦虫をダース単位で嚙み潰したような渋い顔をするおじさん。カウンターの向こう側でボクたちから目をそらすようにしていた人や仕事に打ち込んでいる風を装っている人など、経験者はそれなりな数に上るもよう。
「ついでに教えて。彼らの対抗馬としてボクたちに白羽の矢を立てたのはどうして?」
「年齢が近いだとか、余所者だとか理由はいくつかあるんだが、一番はお嬢さんたちならあいつらの肝を冷やすことができそうだという気がしたからだなあ」
まさかのおじさんの勘によるものだった。一応、先日のボクたちの会話――依頼書を見ながらあーだこーだとやっていたアレのことです――から判断したものらしい。
「たとえ報酬が良かったとしても、身の丈に合わない依頼なら受けない慎重さや判断力ってやつが、今のあいつらに一番欠けているものだからなあ」
イケイケドンドンになっている若手とは対照的だったことが決め手になった、ということですか。
「んー……。でもそれって冒険者としては基本であり必須の能力じゃないですか?」
少なくともおじいちゃんたちならそう認識しているはずだ。
「その通りだし、俺たちもそうなるように努めてきたんだが……。上手くいき過ぎてたってことなのかねえ」
おじさんの話によると、ここ数年どころか十数年もの長い間、トライ村を拠点としている冒険者で依頼の最中に亡くなった人はいないのだとか。当然依頼の達成率も高い水準となる。
それ自体はすごいし良いことなのだが、当時の子どもたち現若者たちはそれを間近で見ていただけだったため、冒険者は楽で儲かるという誤ったイメージが定着してしまったようなのだ。
「その上で自分たちも同じくトントン拍子に依頼を達成することができたってことで、完全に図に乗っちまったって訳さ」
ある意味実績に裏付けられたものだから、ベテラン勢や年配者からの忠告にも耳を貸さなくなってしまったのか。
「でも、依頼主側からの苦言すら聞かないっていうのはそれ以前の問題な気もするんですけど?」
「今さら取り繕っても仕方がないからぶっちゃけちまうとだな、この村は『三国戦争』以降訪れる人も減った片田舎だ。大半が顔見知りってことで甘えが出ちまってるんだよ。まあ、連中にはそんな自覚はないんだろうけどな」
うっわ、面倒くさっ!しかしなるほどね。彼らの伸びに伸びた鼻っ柱を叩き折るにはボクらが適任という訳だ。これはますます負けられなくなってしまったなあ。
質の良い香辛料類がたくさん採れるようになれば外部への流通量も増す可能性は高い。そうなれば当然『自由交易都市』のクンビーラにも持ち込まれるだろうし、ここで顔と恩を売っておけば安く手に入れることだってできてしまうかもしれない。
取らぬ狸なところではあるけれど、そうした未来に期待して頑張るとしましょうか。
勝負に必要な分を除いた採取品や、ミニスネークからの大量のドロップ品を売り払い軍資金に変えておく。明日はいよいよ湿地帯へと足を踏み入れなくてはいけないし、場合によっては一泊野宿しなくてはいけないかもしれない。
回復薬の類は過剰とも思えるくらいに持ち込んでおくべきだろう。
そんなこんなで準備をしつつ、店員さんに話しかけたりして情報収集もしておく。トレアの矢を補充するために立ち寄った武器屋では、ウロコタイルの急所は首筋にある歪んだ模様で、そこを貫くことができれば年経た強い個体であってもサクッと倒すことができる、となかなかに有用なお話を聞くことができた。
「当たり前だが、急所を貫けるだけの力量は必要になるけどな」
知識は力とよく言うけれど、それを活かせなければ宝の持ち腐れになってしまうものねえ。しかしそれでも、逆転の目があると分かっていれば例え押されている時でも自棄になったり絶望したりしないですむからね。これはとてもありがたい情報だ。
「嬢ちゃんたちくらいのレベルなら逃げるのも含めて上手く立ち回れるだろ。悪いが頭でっかちになってる若いやつらにガツンとぶちかましてやってくれや」
「……もしかして勝負の件は結構知られちゃってる感じなんですか?」
「村中にってほどじゃないが、ことあるごとに触れて回ってたバカがいたからそれなりには広まってるぜ。まあ、俺は一枚嚙んでた側なんだけどよ」
なるほど。あのおじさんと同じく若者たちの暴走を抑えようとしている側ですか。考えてみれば武器屋なんて冒険者協会とも『商業組合』とも身内のようなものだものね。簡単に情報を渡してもらえた訳だ。
そちらはいいとして、触れ回っているバカというのは、十中八九対戦相手の彼らのことなのだろう。
顔を合わせたのが冒険者協会の建物だったから〈鑑定〉技能は使うのは見合わせたのだが、それでもレベル二十の第一次上位職への転職が終わっているのがせいぜいのように見えた。
大人たちが危惧するのも納得の図に乗りっぷりだわ……。
「とりあえず今はやれるだけのことはやるとだけ言っておくよ。負けて彼らから格下に見られてバカにされるのは御免だもの」
「おう。それで十分だ」
ニカッと男くさい笑顔を向けてくる武器屋の店員さん。表面化こそしていないけれど、村内の対立はボクが思っているよりもずっと、のっぴきならないところまできているのかもしれない。
「今回の旅は特に、行く先々で面倒ごとに巻き込まれていますね……」
「それだけどこも問題を抱えているということなのですわ」
「そりゃあ、いたって平穏で何一つ問題がないなんて所はまずないだろうけどさ。でも、ボクたちを巻き込まなくてもよくない?」
宿屋へと向かう道すがら、ついつい愚痴を言い合ってしまうボクたちであります。今回の採取勝負なんて、仮にこちらが負けるようなことになれば若手の増長を止められなくなってしまう。
つまりはトライ村の行く末がかかっているのであり、そんな重大な物事をたまたま偶然やって来ただけの赤の他人に押し付けるようなことは、マジで止めていただきたいです。




