834 採取勝負 その2
あーだこーだと話し合いの末、クミンの実は身軽なエッ君が取りに行くこととなった。〈浮遊〉技能を持っていることが決め手になった形だ。もしも体勢を崩して落下することになっても、ボクたちよりは安全だろうということだね。
途中で木の枝に潜んでいたミニスネークとばったり顔を合わせてしまう、などというハプニングなどがあったものの、クミンの木採取は無事に終えることができたのだった。
品質の方も、あえて枝ごと切り落としてもらって、そこから改めて採取したものが高品質となっていたので納品時に文句を言われることもないだろう。
え?ミニスネーク?枝から蹴り飛ばされて落下してきたところをボクたち地上組で袋叩きにして瞬殺しましたが何か?
「すぐに一つ目を採取することができましたし、幸先が良さそうですわね」
「……いえ、そうとも言い切れませんよ」
ミルファの発言を難しい顔をしたネイトが否定する。思わず「え?なんで?」と問い返してしまう。ボクとしてもあっさり発見できたと思っていたので、幸先がいいという意見には賛成だったからだ。
「あれだけ下調べをして、加えて図鑑という安くない買い物までしていたのに発見できたのはリュカリュカの〈鑑定〉技能を使ってようやくでした。しかもその実が生っていたのは樹上十メートルにもなろうかという場所です。幸いにもわたしたちにはエッ君がいましたから無事に入手することができましたが、どれか一つでも足りなければ大いに苦戦したはずですよ」
と、説明されてみれば納得なものだった。
「さらに言うなら、品質も曲者ですよ」
「あー……。特に採取方法にやり方がないクミンの実ですらあれだもんねえ」
実はエッ君にそのままもいでもらった方は品質が普通扱いになっていたのだ。通常の依頼であれば特に問題はないのだけれど、今回の勝負はより高品質なものを集めることが要求されていた。
「まあ、村に到着したばかりの余所者だから並みの品質であれば十分に評価はしてくれそうだけど」
むしろ依頼者であるあのおじさんやトライ村の冒険者協会としては、それくらいの線を期待しているような気もする。
対戦相手の地元冒険者たちに「香辛料採取の初心者である彼女たちですらここまでやれるのだから、熟練者のお前たちならもっとやれるはずだ」的な発破をかけるのが目的なのではないだろうか。
「でも、負けるのが前提のかませ犬扱いされるのはムカつくよね」
ネイトが言ったように、こちらには目的の依頼品を見つけ出して高品質で手に入れる手札が揃っている、かもしれないのだ。
「わたくしたちにも意地というものがありましてよ」
「訳も分からないままいきなり巻き込まれまし、これからの活動のためにも見返しておくべきです」
ミルファもネイトもやる気は十分のもよう。むしろ殺る気のほうかもしれない。もちろんうちの子たちもです。
冒険者にはアウトロー的な側面もあるからね。そのためか「舐められたら負け」とか「侮られたら終わり」といった価値観を持つ人たちも少なくはない。それだけなら特に問題はなかったのだけれど、どういう訳なのかそうした考えの連中に限って、その価値観を他人にまで押し付けようとする傾向があるのよねえ……。
つまり、やたらと勝ち負けにこだわり、その勝敗でもって格付けしようとしてくるのだ。
「対戦相手のパーティーの人たち、到着したばかりの余所者だってことも含めて完全にこっちのことを敵視していたし、負けたら絶対に碌なことにならないと思う」
まず間違いなく威張り散らしてくるだろう。仮におじさんたちが今回の件を仕組んだ思惑を説明してくれたとしても、ボクたちを同等以上に扱うかどうかは五分五分といったところかな。
「大変だけど、この森に慣れるつもりで圧倒的勝利を目指そうか」
「異議なしですわ」
「ぐうの音も出ないようにしておけば、後から変に絡まれることもないでしょう」
「だね。それでもごねるようならしょせんはその程度ってことだし」
もっともそのことに気が付けるくらいであれば、普通は潔く負けを認めているのだけれどね。
だけど、そんなダメダメなやつらだと決まった訳でもないから、今は採取勝負に勝つことだけを考えるとしようか。それこそ本格的に危険な魔物と鉢合わせてしまう可能性だってあるのだから。
気を取り直して慎重に探索を再開するのだった。
「湿地帯にまで進まない限りは、ウロコタイルにもレッサーヒュドラにも遭遇し難いのかな?」
「どちらも水辺でこそ本領を発揮できる魔物ですから、その可能性はありますね」
森に入ってから既に数時間が経過している――リアルでは二日目に突入――のに、弱めの個体すらお目にかかれていないあたり相当エンカウント率が絞られていると思われる。ただし、トライ村のすぐ近くに出没したという記録がある以上、絶対に遭遇しない訳ではないのだろう。
その反面、ミニスネークには飽きるほど出会う羽目になっていた。それこそこの近辺のミニスネークがことごとく集まっているのかと思ってしまうほどだ。
「たあっ!……これで三十二匹目ですの」
右手に持つ長剣の一振りだけで頭を落としたミルファが眉をひそめながら呟く。頭上からの強襲に特化している分ミニスネークはその他の能力が低く設定されていたので、〈警戒〉技能などで居場所さえつかめれば恐ろしい相手ではなかった。
「怖がる必要がないのは良いことだと思うのですが、これが平常なのか異常なのか分からないのは不気味ですね……」
ネイトの台詞はボクたち全員の懸念でもあった。これがこの森のごくごく当たり前の姿であればいいのだけれど、異常事態なのだとすれば厄介なことになるかもしれない。ちなみに、平均するとおよそ十分に一匹のペースで倒していることになります。
肝心の採取の方は苦戦気味だ。見つかるのは既に確保しているクミンの実ばかりで、他はターメリックの実を一つ発見しただけにとどまっていた。
「異常事態だったとしてもその理由によって危険度は大きく変わってくるよ。仲間がやられたー!ってボクたちのところに押し寄せてきているならどうとでもなるけど、何かに住処を追い立てられたのだとすれば、今すぐにでも回れ右しないと」
行動自体は、パニックを起こしているだとか何かに怯えているといった様子はなさそうではある。とはいえゲームのポップモンスターだから、そこまで細かなアルゴリズムを組んでいない可能性もあり得るのよねえ。
とりあえず、次に現れたやつを〈鑑定〉でじっくり観察してみましょうか。




