833 採取勝負 その1
冒険者協会で依頼票を眺めていたら、地元の若手冒険者たちと採取勝負をすることになった。
うん。文字にしてみても意味が分からない。誰か詳しい説明プリーズ。
「期限は明日からの三日間で、そこに書かれている物を採取してきてもらう。どれも森の浅い場所で採れる物ばかりだからそれほどの危険はないうと思うが、魔物の行動に絶対はないから十分に用心を心がけてくれ」
いやいや、勝負内容ではなく、こうなった経緯の方を説明して欲しいなあ!
「それと、今回は数や早さよりも品質が一番の審査基準となるからそのつもりで採取に取り組むように」
そういえば若手さんたちの採取品の質が悪いだとか話していたね。やれやれ。これは体よくダシに使われたかな。恐らく勝ち負けはどちらでもよく、これを機に高品質で採取することを定着させたいのではないかしらん。
しかしながら、これは協会や達人さんたち依頼主側の思惑だ。実際に勝負する僕たちに伝えられているものではないから、勝敗の結果はそのまま対戦相手との格付けに繋がってしまうだろう。
しょせんはトライ村周辺でしか意味をなさないものだから正直どうでもいい気もするのだけれど……。ああ、これはダメだわ。対戦相手の若手さんたち、完全にボクたちのことを敵視してきている。ここで負けると調子に乗って無茶な要求をしてくる可能性が高そう。
降りかかる火の粉を払う、以前に火災の発生を食い止めることも大事だ。ここはしっかりきっちり勝つつもりで臨まなくてはいけない。
それと、今さらな余談ですが採取物の品質うんぬんは、最近のアップデートで追加された要素となります。倒した魔物からドロップ品を取る際に、手間暇をかけた方がレア度が高いアイテムが獲得しやすくなる――ごくごく微小な確率だけれど――ことを採取にも広げた形だ。
ドロップ品とは違ってアイテムが変化しない代わりに、品質が変化するという形式で表しているという訳。
高品質な採取物は単に売値が高くなる他、アイテム作りの際にプラスの効果を得ることができたりもするそうだ。例えば、高品質な薬草で回復薬を作ると普段以上に回復量がアップする、といった具合だね。
一回の採取にかかる時間が長くなってしまう程度のデメリットしかないので、時間的な余裕があるなら挑戦したいプレイヤー的にも美味しい新要素だと言えるだろう。
もっとも、まさかこんな形で体験することになるとは思ってもみなかったけれどね……。
さて、幸か不幸か地域歴史資料館を見学したことで採取するアイテムに関する知識は仕入れ終えている。森に入るために不足している物がないかを確認して、さっさと明日の早朝へと時間を進めることにしましょうか。
ああ、突然な超展開に巻き込まれたことについては納得していないからね。戻ってきたらきっちり問い詰めてやるつもりです。覚えてろよこんにゃろめ。
「村に入る前にも思ったことだけど、外からだと普通の森にしか見えないよね」
「実際に外周の縁の部分は普通の森らしいですしね。大体三十メートルほど奥に入ったあたりから植生が変わり始めて、五十メートルほど進めば地面も湿地帯に代わってしまうそうです」
資料館の第二展示場にもそんなことが書かれていたね。ゲーム的なことを言うなら、回復薬などの原料になるコナルア草をはじめとした基本的な採取アイテムを確保できるようにしてある、といった具合かな。
積極的に探すまではしなくとも、発見したものは採取の訓練がてら確保していく。あって損になるものではないので。ここまでの旅路で食材や料理を消費した分、アイテムボックスにはまだまだ余裕があるからねえ。
そうこうしているうちに植生が変化する地点へと到着です。要するにここからはエリアが変わる訳でして、当然のように出現する魔物も対応した連中へと切り替わることになる。難易度も跳ね上がっているはずなので用心していかないと。
「じきに湿地帯に入るだろうし、ボクとネイトで〈警戒〉は密にしていこう」
「了解です」
アンクゥワー大陸の各地を歩き回ってきたけれど、この森に関しては初心者なのだ。慎重過ぎるくらいで丁度良いというものだ。調子に乗った余所者なんて、パニック映画並びにホラー映画の序盤でフェードアウトする被害者の定番ですし。
もっとも、ボクはそちらばかりに注力することはできないのだけれどね。再度言いますがボクたちはこの森に関しては初心者となる。つまりは固有の植物なども初見となる。
いくら下調べや予習をしているとはいえ、そんな状況下で指定された採取品を発見するなど至難の業だ。
「だけどこちらには強い味方が付いている!」
「おおー、ですわ」
ふぬん!と明後日の方角に向かって力強く言うボクの姿を見て、パチパチを拍手をするミルファ。生国とはいえ支配者の血筋なのにノリがいいよねえ。
「〈鑑定〉。〈鑑定〉。そっちの木も〈鑑定〉!」
分からないのであれば分かるようにしてやればいいのだ。まあ、成否や詳細は技能熟練度も影響するので絶対視はできないのだけれど。
それと、この森限定の植物図鑑と魔物図鑑も持ってきている。はぐれてしまった場合など〈鑑定〉できない状況になってしまった時もあるかもしれないからね。例の資料館で販売していたのだが、二度見どころか三度見してしまうくらいのお値段だった。
先行投資や必要経費だと無理矢理自分を納得させたのだが、正直このイベントに巻き込まれなければ買うことはなかっただろうなと思うと、地味に無駄な出費になった気がする。
さて、改めて今回採取する依頼品を確認してみよう。ターメリックの実が二つ、クミンの実が七、コリアンダーの実が八個、レッドペッパーが九個となっていた。「なんじゃらほい?」と思って調べてみれば、カレー作りに必須の香辛料らしいです。
ゲーム仕様で全てが「実」となっているが、その形は多種多様だ。木の方も大きいものから小さなものまで色々らしく、〈鑑定〉技能を使用するために視線を左右だけでなく上下にも振る羽目になってしまった。
「あ!あの大きな木。あれの上の方にクミンの実が生ってるよ」
「図鑑によれば採取時の注意点は特にないようですの。ですが……、楽勝とは言えないようですわね」
「そうだねえ……」
その木は大木と呼んで差支えのないサイズであり、実が生っているのは地上のボクたちから十メートル以上も離れた高所だったのだから。




