820 緊急依頼を受けよう
「あんたたち冒険者かい冒険者だろう冒険者に決まっているよな!という訳でさっそく依頼を受けてくれ!」
二人の男性の勢いに押されて、というか物理的に運ばれてボクたちはあっという間にパーイラの街の冒険者協会へと連行されることになった。
余談ですがボクは男性の片方にお姫様抱っこで、ミルファとネイトはもう一人に両脇に一人ずつ抱えるようにして運ばれました、まる。
「おーい!俺たちの割り当ての中にあるナンナ女史の分をこの子たちに回してくれ!」
建物に入ったところでボクたちを丁寧におろした――ここだけは評価してあげてもいいかな――男性たちは、すぐにカウンター越しに女性職員へと話しかけていた。
「ナンナ女史の?ちょっと割り当て票を見せてください。……うわ!本当にある!誰よこんな適当な振り分け方をしたのは!ちょっと待っていてください。すぐにこれだけ単独の依頼に切り替えますから!」
「急いで頼む。俺たちも割り当ての半分も終わっていないんだ」
いやはや、ボクたちのことは置いてけぼりにしたままで話が進むこと進むこと。このままこっそりフェードアウトしても気が付かれないのではないかしらん。依頼を受けると返事をしていないので、今の段階ではボクたちにペナルティは発生しないからね。本当にやってしまうのも手かもしれない。
「リュカリュカ、面倒かもしれませんがこの依頼は引き受けておくべきかと」
そんなボクの行動を止めたのは、パーティーメンバーのネイトだった。
「理由を教えてもらってもいいかな」
「もちろんそのつもりです。あの慌てようからしてこの依頼は『緊急依頼』として処理される可能性が高いです。そして緊急依頼は断るために正当な理由と承認が必要となってきます」
ここまではボクも知っている。承認するか否かの判断基準は協会が握っているから、どこまでが正当な理由として通用するのかは不透明なのよね。だからこそ魔物の集団の暴走といったよほどの事態でもない限り、軽々しくは出されたりはしてはいけないはずのものなのだ。
「まあ、緊急依頼に対する意識については今は置いておくとしましょう。拒否権があってなきようなものだからこそ、その依頼を完了することができれば大きな貸しを作ることができますよ」
「特に今回の一件は職員の不手際に由来しているようですわね。これなら無理難題の一つや二つくらいは喜んできいてくれるのではありませんこと」
お、おおう……。ネイトとミルファが悪い顔をしておられる……!荷物みたいな運ばれ方をしたのを根に持っていたのね。下手に逃げだして悪い評判を広められても困るし、ここは二人の言う通り依頼を受けてみましょうか。
待ったと言えるほどの時間も過ぎない内に職員のお姉さんが戻ってきて、ボクたちを強制連行してきた二人組がこちらを振り返る。そしてこの時になってようやく何の説明もしていなかったというか、こちらの都合を一切合切まるっと無視していたことに気が付いたのか、ひどくバツの悪い顔をしたのだった。
「あー、そのー……」
「謝罪は必要ないですよ。ボクたちはとっても割のいい依頼を紹介されただけですからねえ」
彼らに先んじてにんまりとした笑みを浮かべながらそう言ってやると瞬時に顔色を青くし始める。あらやだ、いったいどんな想像をしたのやら。
一方で最初のいきさつを知らない協会の職員たちは上気した顔で見惚れていたのだった。リュカリュカちゃんのお顔は超が付くほどの美少女だからね。仕方ないね。だけど、こうしていても時間が無駄に過ぎていくだけだ。事態を動かすために
「依頼の説明をしてもらえますか?ボクたちはついさっきこの街に着いたばかりで事情を理解しきれていないんですよ」
「はっ!?……わ、分かりました!」
勢い込んで話し始めたお姉さんの説明によりますと……。
『三国戦争』以前に比べると低下しているとはいえ、『学園都市パーイラ』は大陸最高峰と言われるだけあって今日でも多くの優秀な人々が在籍している。
しかし、優秀ではあるがゆえにあくが強い、ぶっちゃけ困った性格や性質の持ち主もいるらしい。特に研究部門に所属する人たちに顕著で、放っておくと寝食を忘れてぶっ倒れるまで研究に没頭してしまうのだとか。実際に数年前には餓死直前まで症状が進んでしまった人もいたらしい。
「さすがにこのまま放置しておくのは外聞的にもよろしくない、そして何より有用な研究が頓挫してしまう可能性すらあるということで、危惧した街の上層部によって不精な人たちを強制的に連れ出して食事をとらせる法が制定されることになりました」
「あ、なんとなく見えてきました。その実作業を依頼という形で協会と冒険者に丸投げしているということですね」
「はい。その通りです。そして今回皆さんに緊急依頼としてお願いすることになったのが、こちらのナンナ女史です」
すっと差し出された依頼表を受け取り、書かれた内容へと目を走らせる。条件は二つ。一つは彼女に栄養価の高い食事を食べさせること、もう一つは研究室から連れ出すこと。さらに追加として睡眠を取らせることができれば報酬が増額されることが記載されていた。
「ナンナ女史は大の男嫌いとして知られていまして。彼女自身が認めた数名以外は男性だというだけで研究室に入ることすらできないのです」
お姉さんの言葉と視線につられるようにして、二人組の男性を見やる。ミルファとネイトを軽々と抱えていただけあって、骨格からがっしりしている印象だ。仮に女装したとしても百人中九十九人までは即座に男性だと見破ってしまうだろうね。男嫌いだという件の女史ならなおさらだろう。
「あの人は研究者であると同時に凄腕の魔法使いでもあるんだ。以前依頼を受けたからと無理矢理研究室に押し入ったやつらがいたんだが、ズタボロのとんでもない格好で学園の前に捨てられる羽目になっていたな……」
その時の様子を思い出したのか、一人が遠い目で語る隣でもう一人はぶるりと体を震わせていた。初対面で見ず知らずのボクたちを強制連行してしまったくらいなのだから、相当ひどいトラウマものの光景だったのだろう。
「やり方はボクたちに一任してもらえるんですか?」
「はい。ですが、ナンナ女史は今日で丸三日食事をしていないことになります。彼女の体力的に本日中の完遂をお願いします」




