819 トラブル発生ゲージ
パーイラへの分岐点はすぐに分かった。教えてもらっていた通り大きな看板があったこともそうなのだけれど、同じように西街道を進んでいた人たちのうち、半数くらいがそちらへと向かっていたためだ。そちらからやってくる人たちもいて、それなりの人数がと行き交っていた。
「ふう。パーイラまではここから半日くらいだっけ?」
「そうですね。何事もなければ日が沈むよりも先に到着できるはずです」
ここまで来るのにゲーム内時間で一日半かかっている。もうすぐお昼時という時間なので、ネイトの言う通り何事もなければ明るい内に街へと入ることができるだろうね。
……まあ、その「何事もなければ」が曲者で問題児だったりするのですが。
シャンディラを出発してからこれまでに魔物の襲撃を受けた回数は十一回。およそ一時間に一回くらいのペースだ。これには近くを進んでいた商隊の助っ人に入った数も含まれているので、ボクたちパーティーが狙われた数はもう少し少なくなる。
しかも出現した大半は街道沿いのため低レベルな魔物ばかり。一度だけどこから迷いこんできたのかバジリスク――目から石化ビームを放つ巨大トカゲ――なんて大物が現れたりもしたのだが、ボクたちを含めた近くにいた戦える人たちに総出でタコ殴りにされたのでした。
素材は商人たちが色を付けて買い取ってくれたので、ちょっとした臨時ボーナスになったよ。
で、何が言いたいのかというと。順調すぎるほどに順調だったのだ。そう、嵐の前の静けさのように……。
「って、何にも起こらないんかい!!」
無事に『学園都市パーイラ』に到着しました。
「無事に到着できて良かったではありませんの」
「いや、その通りだよ。その通りなんだけどさあ……」
ミルファの言葉はまったくもって正論だったのだけれど、だからこそ反論もできずにうめくようなものとなってしまった。ボクとしてもそれ自体は歓迎するべきだと思うのだけれど、裏で「トラブル発生ゲージ」とでも呼ぶべきものの目盛りが上昇しているような気がするのよねえ……。
「まあ、いいや。考えたところで回避できるようなものでもないし、世の中なるようにしかならないでしょう。もうすぐ夕暮れだし、とりあえず今晩のお宿を決めようか」
いつまでも入ってすぐの場所で突っ立っていては邪魔になってしまう。気持ちを切り替えて街中へと進んでいく。
パーイラの街は大雑把手前側の商業区と奥側の学園区の二つに分けることができる。そして研究の成果や人材の流出及び盗難を防ぐために、出入り口は一か所だけとなっているのだよね。お空が赤く染まり始めた時間帯だったこともあって、ボクたちの後ろからは続々と人がやって来ていたのだった。
歩き始めてすぐに、ネイトとミルファがある異常に気が付いた。
「……武装した人たちが多いですね」
「しかも装備が一律ですわ。わたくしたちのような冒険者ではなく、パーイラに所属する者たちだとみて間違いないと思いますわ」
言われてカウントを始めてみれば、百メートルほどを移動する間に八人もの似通った格好の人たちとすれ違うことになった。
「監視かな?十字路ごとに一人ずつ立っていて、二人一組での巡視が多数か……。多いよね」
もはや彼らからの視線を感じない時間はないくらいだ。いくら学園での研究を元にした新商品開発がこの街の生命線だとしても、これはいき過ぎた警戒度合ではないだろうか。とはいえ、街に入る際には特に注意を受けたりしなかったのだよね。
余談ですが、パーイラにも領主一族はいるのだけれど、他の都市国家とは異なり支配者というよりは防衛部門の長という感じなのだとか。街の運営も領主に加えて学園側三名商業区側三名の計七名による合議制となっているそうです。
「力のない名誉職扱いなのかと思ったけど、これだけの人を動員できるんだからそうでもないのかな」
「パーイラ領主家は防衛だけを担当しているだけあって、そちらに関しては並ぶ者はないという強い自負も持っているそうですわ。それ以外のことには口を挟まないという潔さとも相まって、住民からも高い信頼を得ていますの」
君臨すれども統治せず、というやつかな。違う?あれ?
それはともかく、街の人たちから認められているからこそ、こんな大勢での監視も問題なく行えるということみたいだ。
なるほど、軽く見まわした限りでは、彼らの姿を見て不安そうな顔になったり暗い表情をしたりする様子はない。裏路地に入ったりすればその限りではない――やんちゃな悪ガキからすれば領主直属の防衛隊なんて天敵みたいなものだろうからね――かもしれないが、大多数には受け入れられているのだろう。
そんなふうに周りを観察しながら歩いていると、
「は、放せ!放してくれえ!こんなことをしていいと思っているのか!?」
前方から騒がしい声が聞こえてくる。すわ、事件か!?と思ったのも束の間。周りにいた監視の人たちが反応を示さないところから、犯罪などではないみたい。
しばらくすると騒ぎの元らしい一団が近づいてくる。あれは……、人が運ばれている?
どうやら二人がかりで横抱きにした人を運んでいるらしい。しかし聞こえてきた言葉の通り、運ばれている側には不本意な事態なようで、時折活きのいい魚のようにビチビチと体を震わせては抵抗している風だった。
「頼むう。放してくれえ!今研究が大事なところなんだよ!」
「ちゃんと飯を食ったらお望み通り解放してやるよ」
「飯なら一息ついた時に自分で食べに行くから!」
「ダメだね。そう言ってあんたは昨日も一昨日も食いに行かなかっただろうが。一度なくした信頼は容易には復活しないんだよ。良かったな、また一つ賢くなったぞ」
「そ、そんなあ……」
運んでいる側は運ばれている人――どちらも男性だね――に比べて二回りほども体格が良く、さらには二対一という数の優位性があるとはいえ、あれだけ暴れられては楽ではないだろうに、顔色一つ変えずに歩き続けている。
呆気に取られて見ていると、彼らは通り沿いにある一軒、会話の内容からして食堂なのだろう店に入っていった。かと思えば、人を抱きかかえていた二人組はすぐに出てきたのだった。
「やれやれ。最近は往生際の悪いやつが増えて困るな」
「まったくだ。……で、次は誰だい?」
「ちょっと待ってくれよ……。げっ!ナンナ女史だと!」
「はあ!?『男嫌い』のナンナ女史がなんで俺たちの割り当てに入ってるんだよ!?……ん?」
ふいに、二人組の片方と目が合ってしまう。刹那、「あ、ロックオンされた」と諦観にも似た思いが脳裏をよぎったのだった。




