815 仮想敵の動きは警戒するものです
再度現れた支部長さんと一緒に部屋へと入ってきたのは、彼の秘書係を務めているという男性だった。
あ、お茶の方は二人がやってくる前にお姉さんが持ってきてくれました。なんでも有名人でもあるおじいちゃんたちに出すものだから高級品を、いやいや特別扱いを嫌う人だから一般来客用の物を、とひと悶着あったらしい。
結局、あの職員が絡んだお詫びということで高級品が出されることになったそうです。うまー。
「度重なる失礼、誠に申し訳ありませんでした」
「謝罪を受け入れる。だが次はないぞ」
神妙な顔で頭を下げる支部長さんたちを、ちょっぴり尊大な態度で受け入れるおじいちゃん。釘を刺しておくという意味もあるのだが、それ以上にこういうことは形式に則ってやらないといけない部分もあるので仕方がないのだとか。
逆に、形式通りのやり取りがされることで、「この話はここでおしまい」と両者が認めたことになるそうです。
さてさて、こちらがあっさりと矛を収めたのには当然理由がある。あの職員の暴走はともかく、支部長さんに交代してからのことについては少なからずこちらにも、正確にはおじいちゃんとおばあちゃんにも責任があったためだ。
繰り返しになるけれど、『迷宮都市シャンディラ』と『土卿王国ジオグランド』はほぼ隣接するような位置関係にある。そして過去には前者を後者が攻撃したこともある。しかもそのことについては未だに有耶無耶になったままとなっている。
そのため実態はともかく、表向きは仲が悪いことになっているのね。この辺りの関係は『自由交易都市クンビーラ』と『水卿公国アキューエリオス』も似たようなものだったりする。
それはさておき、そんなシャンディラとは仲が悪い『土卿王国』でもろもろの改革のためにそれぞれの組織を代表して頑張っているのがディランとクシア高司祭だ。
そんな二人が突然シャンディラにやって来た。うん。普通に何か裏があるのでは?と考えてしまっても仕方がないよね。少なくとも気分転換や気晴らしのためだとは思わないだろう。
そんな事情があったため、せめてもの抵抗でできるだけ情報を漏らさないようにしていたそうだ。それもボクという伏兵がいたことで「あ、無理」とお手上げ状態になってしまったらしいのだけれど。
「つまり……、リュカリュカの存在が止めになってしまったのですわね」
「ええと、割といつものことなのであまり悲観しない方がいいですよ」
「ミルファもネイトも言い方!?」
随分な言い草だと思うのはボクだけじゃないはず。とはいえ、これ以上はいわゆる藪蛇になりそうなので話題転換という名の戦略的撤退を敢行するですよ。
「とにかく、これでディランさんたちの誤解は解けたということでいいですよね」
「え、ええ。お二人がシャンディラに来られたのは休息の気晴らしのためであり、他意はないと理解いたしました」
「不安に思われてしまうような立場だと気が付かなかったのはこちらの落ち度だったな」
「そうだねえ。正式な国交こそ持たれていないけれど冒険者や行商人たちの行き来はあるから、シャンディラ側がそこまで警戒しているとはつゆとも思わなかったよ」
運良くというか全ては冒険者協会の建物の中で行われたことなので、なかったことにすることまではできなくても適当に誤魔化すことはできると思う。
「それで、本題なんだがシャンディラで何が起きている?ああ、心配なら他言はしないと誓ってもいいが?」
「いえ、誤解は解けましたからそこまではしていただかなくても結構です。ただ、事はシャンディラ全体に及びますのでこの場限りの話だとご理解ください」
秘書さんの言葉にボクたちは頷き同意する。知らないですむならそれに越したことはないというのが本音だし、他所で吹聴なんてすれば余計に厄介なことになりそうだもの。とんでもなく外道で非道な計画を練っているというなら話は別だけどさ。
「実は……、『土卿王国』の改革が始まった頃から領主様が冒険者の迷宮への立ち入りを制限してしまったのです」
秘書さんの話によると、改革による『土卿王国』の国力増加に対抗するために、貴重な素材を確保しようと迷宮深部をシャンディラの領軍や騎士団で独占しているのだとか。冒険者がハブられているのは、その改革に『冒険者協会』が大きくかかわっているからだと言われてしまったらしい。
今日も何とか制限を緩和してもらえないかと支部長さんと秘書さんの二人でシャンディラ側との会談を行っていたそうです。その隙に身内の職員がやらかしていたのだから、話を聞いて頭を抱える羽目になっただろうねえ。
話を戻しますと、つまりはおじいちゃんたちがここの職員さんたちに警戒されたのと似通った理由で、シャンディラから冒険者たちが敵視され始めているということだね。
「領主様方も冒険者たちが落とす金でこの街が回っているのは理解されておりますので、多くが活動している低階層や中階層前半は解放してくれているのですが……」
「その分集中するから、市場に流れる素材や成果物が似たり寄ったりになっているということか」
「ご慧眼恐れ入ります。その通りです」
ふむふむ、なるほど。だからどの店も同じようなものしか置いておらず、客寄せの目玉とするためにおじいちゃんたちの名前を借りようとした訳だね。
そしてあの職員が強引に接触してきた理由もおぼろげながら見えてきたよ。『土卿王国』改革の監視役となっている二人から情報を聞き出し、あわよくばシャンディラ上層部を説得してもらおうと考えていたのではないかな。
成功すれば迷宮深層が解放されることになるから、協会内部の評価に加えて冒険者たちからの人気も鰻登りとなったことだろう。出世は間違いなしで老後も安泰の万々歳!な寸法ですよ。
一方で、失敗した時の保険として自主的自発的に首を突っ込んできたという形にしようとしていた。話を聞かせるターゲットとしてボクたちを選んでいたのは、そういう理由があってのことだったと思われます。
あえて責任の所在を明確にするならば、『土卿王国』内でのことだからと周囲への説明を行っていない『冒険者協会』の本部にあるのではないかしら。
そもそも、問題となった一件には王国内の協会支部の多くが腐敗していたことも密接に絡んでいた。改革が必要なのは『土卿王国』だけでなく『冒険者協会』も同じだったのだ。
さらに言えば、『火卿帝国』にあった支部もごく一部を除いては制御不能になっているんだよね。これは本格的に『冒険者協会』、特に調整や監査を行うべき本部がポンコツ化しているということなのでは?




