814 お茶くらいは出しなさい
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企みをおじいちゃんに看破されてがっくりと項垂れる職員さんをその場に残し、お姉さんが準備してくれた奥の部屋へと入る。
依頼によっては複数のパーティーが合同で受ける場合もあり、冒険者協会にはそうしたパーティー同士の顔合わせや段取りをくむための部屋があるのが常だった。ボクたちがとおされたのもそんな部屋の一室だったみたい。
それにしても、あの職員の人はぎゃふん!と言わせることができたが、結局シャンディラで発生しているトラブルの話を聞くことになってしまっているよね。ぎゃふん!
「勝手に話を進めてしまって悪かったな」
「仕方がないよ。あのままだとこの支部だけじゃなくてあの場にいた冒険者の人たちまで信用を無くしてしまうところだったもの」
噂話には背びれや尾びれがついて当人が「なんだそれ?」となってしまう超変化を起こすのが常というものだ。今回の場合もしも放っておいたら、たった一人の職員の暴走すら止められない、または止めようともしない薄情な連中だという噂が立ってしまった確率が高い。
さらにシャンディラは巨大な迷宮を有していて、都市国家ながらも高い国力を誇っている。強固な牙城を突き崩すために噂が悪用されてしまったかもしれないのだ。
ただでさえ何かしらのトラブルが発生しているようだし、表ざたになって大々的に取り上げられるようなことになっていたら大きな痛手となっていただろうね。
「さすがに私らも『土卿王国』の件で手一杯だからねえ。すぐそばで大事が起きるのは避けたいのさ」
『三国戦争』期にも『土卿王国ジオグランド』はシャンディラを攻撃するも攻めきれなかったという過去があるからね。弱点が見えたとなれば国内の改革を後回しにしてでも攻め落とせと主張するやからも出てくることだろう。
まあ、得てしてそういうやつほど自分の後ろ暗い部分を隠そうとしているから、やりようによっては自白または自爆を誘うこともできるかもしれない。相応に危険もあるのが難点その一ですが。
しばらくしたところで息せき切って部屋にやってきたのはシャンディラ冒険者協会の支部長だった。おじいちゃんが要望した通りの人物がやってきたあたり、今回の件の重要性と危険性をしっかり認識していた人もいたらしい。
うーむ……。これはあの職員さんの暴走も込みでこうなるように仕向けた切れ者がいる?あの二人なら安易に言質を取られることもないだろうし、話し合いはベテラン冒険者のおじいちゃんたちに任せて様子を探ることに専念しようかな。
「申し訳ありませんでした!」
互いのあいさつも早々に支部長が謝罪する。下手に言い訳をせずに初手から謝ってきたのは高評価だ、と言いたいところだけれど、実は何に対する謝罪なのかが明確にされていないのよね。それなりに慌てている雰囲気はあるのだが、言ってしまえばそこまでで、言葉が足りなくなるほど気が動転しているようには見えなかった。
要するにあえてどうとでも取れる言葉運びをしていた、とも捉えることができてしまうのだ。
そしてボクが感じ取れたくらいなのだから、当然二人も違和感を覚えたようで。
「それは何に対する謝罪なのかねえ。遅れてきたこと?茶の一つも出していないことかしら?それとも、ことの原因になったやり取りにかしら?」
ゆったりした口調でおばあちゃんが問うと、支部長は「うっ……」と呆気なく言葉を失ってしまった。なるほど、この人自身は腹の探り合いには不向きなタイプなのか。
意外でも何でもなく、どこの冒険者協会でも一定数は元冒険者だった職員がいる。そういう人たちは現役時代には腕っぷしだけでなく気風の良さや面倒見の良さで知られていて、それを買われて職員となったというケースが割と多いのだ。
多分、今ボクたちの前にいる彼もそういう経緯で職員となった人だと思われます。元冒険者の職員はリーダーシップに加えて決断力もありその上現場のことにも理解がある、と上司にするにはとっても優良物件のように見えるが、権謀術数には弱いという重大な欠点を抱えていることが多いのよね。
腹黒いのはよくないと思われるかもしれないけれど、組織の上位者としては割と必須な能力です。なぜなら、権謀術数が得意な腹黒い相手とも交渉などを行わなくてはいけないから。
扱いやすいとかくみしやすいと判断されると、不利な条件で契約を結ばれてしまったり、面倒ごとを押し付けられてしまったりするようになるのだ。本人だけなら最悪仕方がないですむけれど、組織の場合はその被害が全体にまで及んでしまう。ね、必要な能力でしょう。
とはいえ、性格の問題などもあって簡単に身に着けられるようなものでもない。そのためこの手のタイプには優秀な参謀並びに策士もしくは軍師役の人が付けられているはずなのだ。初手の謝罪の件もその人が考えたものだと思う。
なんならその人自身が出てきてくれていれば話は早かったのだけれど、誠意を見せたと思わせるためにも立場が上の人物を出す必要があると判断したのかな。それともトップが出張らざるを得ないほど、あの職員の立場が高かったのか。
いずれにしても不信感を追加させてしまっては元も子もないけれど。
策士策に溺れる、というやつですかね。
何はともあれ、サクサクと話を進めるためにもその人にもご登場願うとしましょうか。さっきから隣の部屋でひっそりと聞き耳を立てているようだしね。
どうして分かったのか?それはもちろんこっそりと〔警戒〕の技能を使用していたからです。わざわざ教えたりはしないけれどね。
「どうせ説明してもらえるなら、そういうのが得意な人にお願いしたいんですけど。一人手が空いている人が隣の部屋にいますよね?」
ニッコリ笑いながらそう尋ねると、真っ青な顔になってコクコクと首を縦に振ったかと思えば、逃げるようにして部屋から出て行ってしまったのだった。
「あらら。少し脅し過ぎちゃったかな?」
「少しどころじゃねえだろうなあ。意識の外からいきなり攻撃を受けたようなもんだぜ、あれは。まあ、俺と高司祭様しか見ていなかったあの支部長も悪いんだがな」
「今頃、とんでもない伏兵がいたと思われているのかもねえ」
同情しながらも悪かった点を指摘するおじいちゃんに対して、おばあちゃんはいたずらっぽい笑みを浮かべていた。このあたりの反応の違いは、所属している組織が異なっているからなのかもしれない。
「次はお茶くらい出してもらえるかねえ」
あ、割とそこ不満だったんだね。
昨日の活動報告で、没にした800話と801話を掲載しています。
よろしければご覧ください。




