813 予想通り過ぎると草しか生えない
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次回の更新は9月28日の水曜日となります。詳しくは活動報告をご覧ください。
所変わってシャンディラの冒険者協会です。指名依頼の完了手続きは粛々と完了したのだが、問題はその後に発生した。
「どうか!この通りです!せめて話だけでも!話だけでも聞いてくださいー!!」
土下座して縋り付いてきそうな勢いの冒険者協会職員の姿にため息が出そうになる。仮に『冒険日記』が読み物形式ではなく動画配信の形であれば、きっとコメント欄には「予想通りの展開で草」とか「必死過ぎて引く」といった文言であふれていたことだろう。
当然周囲からは奇異の目が向けられているよ。ただでさえディランにクシア高司祭という超絶有名人が同行していることで人目を集めていたから、今では完全に珍獣奇獣扱いになっていた。
「やれやれ。俺たちが一緒にいることで後ろ盾になっていると勘違いしてくれれば少しは自重するかもしれんと思ったんだが……。この様子だと逆効果だったようだな」
そうだねえ。むしろボクたちを引き留めることで自動的に二人にも話を聞かせることができると思われたのではないかな。重要案件を抱えているのは知られている訳で、そんな彼らに協力を頼むとなると問題になる。しかし、他の冒険者に説明している際に偶然居合わせた、もしくは自発的に参加したとなれば罪には問えなくなる。
冒険者というある種仲間内しかいない状況とはいえ、大勢の目がある中で恥も外聞もかなぐり捨ててここまでやったのだから、そのくらいの裏はあると考えるべきだろうね。
……ふむ。となるとここで二人と別れるふりをすれば、あちらの予定を狂わせることができて解放される可能性もあるのかしらん。幸い、この先の旅に必要になりそうな物品についてはおばあちゃんが解説付きでリスト化してくれていたので、本当に別れることになったとしても何とかなるはず。
このままだとあちらのペースで話を進められてしまいそうだし、やってみる価値はあるかもしれない。
ミルファとネイトにちらりと目配せをすると、それだけでこちらの意図を察して小さく頷いてくる。と言っても、何かをやらかしそうだ程度のものだろうけれどね。それでも仲間たちの理解と許可はもらえたのだ。さっそくやり返してやるとしましょうか。
「なんだか長くなってしまいそうですね……。ディラン様、クシア高司祭様。本日はお付き合いいただきありがとうございました」
二人に向き直りぺこりと頭を下げると戸惑った様子を見せたが、
「うん?……ああ。いや、気にするな」
「こっちもいい気分転換になったからね」
すぐにこちらに合わせてくれたよ。さすがは熟練の方々だわね。でもね、おじいちゃん。小声で「なるほど、そういうことか」とか呟かないで。あちらに聞こえてしまったのでは?とびくびくしてしまったよ……。まあ、運良く他の誰にも聞かれてはいなかったみたいだけれど。
対して、件の職員さんはというと盛大に慌て始めた。
「え?あの、一緒に行動されるのではないのですか?」
「違いますよ。もう指名依頼は終わりましたし、これ以上忙しいお二人をボクたちに付き合わせる訳にはいきませんから」
そう言い返してやると、あからさまに困惑した態度になる。やっぱりおじいちゃんたちも巻き込む気満々だったようだ。ある程度人によりけりなところはあれども、こういうことは下手にからめ手を使わずに正面からお願いする方が、少なくとも心証は悪くならない気がするのだけれど。
現に自分たちはダシに使われるところだったと分かったうちのパーティーメンバーはイラっとしているし、おじいちゃんとおばあちゃんも表情に不快感をにじませていた。
ボクの場合?どちらにしろ面倒ごとはイヤです!
さて、完全に空気が変わってしまったのだが職員さんはどうするつもりだろうか?
個人的にはあきらめて解放してくれるのが一番ありがたいのだけれど、ああ言った手前、ボクたちだけに説明をするというのであれば、話を聞くだけはするつもりだ。協力するかどうかを決めるのはその後だね。ボクたちでは手も足も出せないかもしれないので。
「それじゃあ、俺たちは先に外に出てるぞ」
「久しぶりに屋台でも覗いて回ろうかねえ」
「お、いいな。ここのところ飯時までお貴族様やお偉いさんと顔を突き合わしてばかりだったからな」
うわ!なにそれ楽しそう。ボクもそちらに混ぜて……、は無理ですね。はい。
「え?いや、待ってください!」
「用があるのは嬢ちゃんたちだろうが」
「そ、そうなのですが。できればその……、あの……」
呼び止めるも、にべもなく言い返されて言葉に詰まる職員さん。あちらから言い出すのはアウトだからね。まあ、それを言い出すと最初の時点からきわめて黒寄りのグレーゾーンだった訳ですが。
それにしても周囲の冒険者たちはおろか、別の職員さんたちの誰も手助けをしようする気配がみられない。ついでに言うと制止させようとする様子もないです。
前者だけなら独断の行動に唖然としてしまい思考が停止しているのかしらと思わないでもなかったのが、すでにボクたちとのやり取りが始まってから数分が経過しているから、その線は薄いだろう。
……もしかしてこの人嫌われている?と、それは冗談として。役職が高いから口を挟むことができないというのはあり得そうだ。根拠のない自信でも「俺に任せておけ。くれぐれも邪魔はするな」と言われてしまえば、逆らえないのかもしれない。
でもねえ。あまり放置が続くとこの支部全体の評価すら下がってしまうと思うだけれど、そこのところに気が付いている人はいないのだろうか?
ゲーム的なことを言うと、これもまたプレイヤーが活躍するための演出である可能性が高いから、気が付いていないというケースは十分にあり得てしまうのよね……。
しかし、最悪な展開となる前にしびれを切らせた人がいた。
「話にならんな。……そこの君、悪いが奥の部屋を一室借りたい。それと、支部長もしくはまともに話ができる相手を呼び出してくれ」
「わ、分かりました。すぐに準備と手配をいたします!」
おじいちゃんの指示を受け、受付のお姉さんがすぐさま動き出す。きっと偶然なのだろうけれど、まるで待ち構えていたようなきびきびした行動だわね。
「おおかたこの騒ぎを治めてのし上がろうとでも考えたんだろう。同じ協会の職員ならともかく、冒険者ならたやすく言いくるめられると思ったのが浅はかだったな。こっちは体を張って命がけで依頼をこなしてるんだ。胡散臭い物言いには自然と勘が働くようになるんだよ」
再度告知。次回更新は9月28日の水曜日です。
お待たせしてしまって申し訳ありません。




