807 のーひんと?
『転移門』を利用することで、ボクたちは無事にバーゴの街からクンビーラへと帰還することができた。国をまたいでの移動だったのだけれど、特に問題が発生すようなことはありませんでしたとさ。
正直、もしかすると引き留められるかも、と内心で身構えていたのでちょっとだけ肩透かしだったかな。
ただまあ、長距離の転移ということで代金の方はかなりのものとなってしまった。移動にかかる時間などなどをお金で買ったようなものだと思えば、別にぼったくられているわけではないのだろう。が、あの国で色々とやらかした身としてはつい「口止め料も含んでいたのでは?」と邪推してしまうのだった。
しかし、帰ってこられたからと言ってのんびりとばかりはしていられない。今回の『水卿エリア』への旅はもともと、「あちらの様子を探ってきて欲しい」というエルからの個人的な依頼という体ではあったけれど、実際にはクンビーラの国からの依頼だったからだ。
振り返ってみれば行っておいて正解だったと思う。何しろブラックドラゴンが居ると公表しているにもかかわらず、攻めてこようと画策していたのだからねえ。
その報告だけれど、思っていたよりははるかにあっさりと終った。その場にいたのが公主様と宰相様、表向きの依頼主であるエルの三人だけだったこともあるが、さすがにあと少しで国を二分した内乱に発展するところだったこともあって、諜報網の整備の真っ最中のクンビーラでも『水卿公国アキューエリオス』のごたごたの大筋は把握できていたことが大きい。
エルいわく「あえて教えてくれたっちゅうんが正解かもしれんけど」らしい。
一方、なぜだかボク個人のことについては呆気に取られたり盛大なため息をつかれたりした。でもね、ジェミニ侯爵の養子にされたり、ジャグ公子の妃候補にされたりしたのは全部不可抗力だから!
まあ、ポートル学園での生活はそれなりに楽しかったと言えなくはない、かな。
そんなこんなで無事お役御免となったボクは冒険者稼業にまい進……、してはいなかった。個人的にはそうしたかったのよ。『転移門』の利用で懐がさみしくなっていたし、装備のメンテナンス及びオーバーホールのために少なくないお金が必要だったからね。
しかし、しかしなのですよ!思い出してほしい。ボクの場合クンビーラはゲームのスタート地点に当たる。そうなると周辺は初心者でも対応可能な魔物が配置されることになる。つまり弱い。
さらには冒険者のランクも影響していた。大陸中を巡った経験から、ボクたちは個々人でも『エッグヘルム』というパーティーでも、そこそこな強さを持つ中級冒険者として扱われるようになっていた。
厳密な規定や罰則がある訳ではないけれど、自らのランクに釣り合わない低ランクの依頼は受けるべきではない、というのが冒険者の暗黙の了解として存在していた。
ちなみに、逆の高ランクの依頼はそもそも受けられないようになっています。わざわざ失敗者――イコール死人だと考えて問題ない――を出す必要はないということだね。
初心者でも狩れる魔物しかいない、ランクに釣り合った依頼がないということで、ボクたちは実質開店休業状態となってしまっていたのだった。
メタにゲーム的なことを言ってしまえば、アップデート等で強い魔物が出現するエリアを配置すれば済む話だろう。拠点とした街から離れないプレイヤーの場合、そうすることで停滞が起きないようにしているという話も聞く。
ところが、ボクのワールドに関してはそれが起きてはいない。多分ワールドイベントとして認識された『天空の島へ至る道』が関係しているのだと思う。
つまりですね、「寄り道とかしてないでさっさと発生中のストーリーを進めろや」ということなのでしょう。
そう言いたくなる気持ちはわからないではないよ。ワールドイベントの発生からこちら、『土卿王国ジオグランド』でも『火卿帝国フレイムタン』でも緋晶玉という浮遊島時代に燃料として使用されていたアイテムが鍵として登場してきた。
先の『水卿エリア』の冒険?でも同様だった訳で、順調に関連イベントをこなしているということなのだと思う。
だからこそ、運営としてもこのまま進めてワールドイベントをクリアしてもらいたいと思っているのではないかな。
遊び方に関してはプレイヤーの自由だ。そのことは理解しているだろうけれど、開発、制作側としては世界各地を見て回って欲しいという願望はあるはずだ。ワールドイベントのクリアは、プレイヤーたちの目と足を広い世界に向けさせるきっかけとして使えると考えている気がする。
もちろんボクである必要はないのだけれど、これまで『冒険日記』を続けてきたという広告塔としての実績を持っているから、微妙に期待されているのではないだろうか。
と、ここまではいい。こちらとしても大陸各地を冒険して回ったことで、ワールドイベントの進行具合に手ごたえを感じていた。多分もう折り返し地点は過ぎていて、そろそろゴールの影が見え始めているきがするのよね。「物語は佳境に入る……」とか「ついに謎が明かされる!?」といった煽り文句が付く頃合いだね。
問題なのは……。
「で、次はどこへ向かえばいいのでせうかね?」
肝心の行き先が不明のまま、ということだった。
「ここは導入とかつなぎのになるイベントが発生するところじゃないの?」
そう思って公主様たちクンビーラ関係者や、情報を持っていそうな冒険者協会のデュラン支部長とか商業組合の重鎮であるボッターさんに話しかけて回ってみたのだけれど、これがまさかの全滅。佳境に入るどころか暗礁に乗り上げてしまったのだった。
「ここにきて行き先が不明になっちゃうとは思わなかったなー」
思わず遠い目をしてしまう。実は灯台下暗しだったという展開なのかしらん?とひそかに期待してミルファやネイトに尋ねてみたりもしたのだけれど、
「これまで一緒に旅をしてきたのですわよ。秘密なんてあるはずがありませんわ」
「そうです。それと、気になることがあればその場で話していますよ」
ド正論で返されたのでした。
「物語終盤で行き先不明の迷子とかどうすればいいのよー!」
ついには頭を抱えて大声で叫んでしまった。VRの中で良かったよ。リアルでなら間違いなく近所迷惑になってしかられていたところだよ……。




