806 JK二年生
高校生活も二年目となれば皆慣れたもので、特別大きなトラブルが発生することもなく穏やかにスタートすることになった。
まあ、それは進学クラスということでほとんど面子が変わらなかったうちのクラスだけかもしれないけれど。隣接する教室からはそれなりに歓声や悲鳴が聞こえていたからね。
「それじゃ、私は部活に行くから」
「がんばってねー」
雪っちゃんは今年もスポーツ少女を頑張るつもりらしい。ホームルームが終わるや否や、荷物を担いで出て行ってしまった。
「あれ?星さんもういなくなってる!?」
「うん。ついさっき出て行ったよ」
「はやっ!」
「何か用事でもあった?」
「私、クラス委員長に選ばれちゃったでしょ。実はこれまで経験なくて」
新任委員長がそう言った瞬間、教室内の騒がしさが幾分かトーンダウンする。特に窓際でとりとめのない会話をしていたはずの男子たちがそろって目を見開いてこちらを見ていた。
?
……あーあーあー。なるほど、最後の一言だけ聞こえてビックリしているのね。
少し考えれば不特定多数に聞かれる可能性がある場所で、そんな赤裸々な会話をするはずがないと分かりそうなものなのだけれど、年頃の男子たちだものねえ。どんな内容でもそちら方面の話題に結びつけてしまうと聞くし、仕方がないと言えば仕方がないのかもしれない。
さて、どうしようかな?このまま話を続けて適当なところで「思春期妄想乙!」ととびっきりの笑顔で言ってあげるのも面白そうではある。クラスメイトたちは何だかんだでノリがいいので、きっと彼らも素敵なリアクションをしてくれることだろう。
ただし、加減を間違えるとボクだけでなく委員長にまで悪評が立ってしまうかもしれない。
うん。誰かを巻き込んでまでやることではないかな。
「ちょっと意外。委員長をやったことなかったんだ」
委員長を強調して言うことで、該当男子たちに「あら?随分と面白い勘違いしちゃったのね」と暗に告げることにしたのでした。
不自然にならないように気を配りながら件の男子たちを見ると、あからさまに全員が窓の外へと顔を向けていたので、言外の言葉は無事に伝わっていたようだ。そして当の委員長はおろかほかのクラスメイトたちは彼らの不自然な動きに気が付いた様子はなかった。
ふふん。貸し一つだからね。
「それでできれば星さんに相談に乗ってもらえればと思ってたんだけど……」
「声をかける暇もなく居なくなっていたってことね」
「うん」
委員長の話によれば、副委員長のような立場になっておんぶにだっこ、もといがっつりサポートしてもらいたいのではなく、「見落としていることがあればそれとなく教えて欲しい」程度を考えていたとのことだった。
ふむふむ。そういうことであれば中学時代には生徒会長だった里っちゃんを副会長として支えていた経験もあるから、雪っちゃんはうってつけの役回りだと言えそうだ。
「だけど、高校では部活動に専念したいって言っていたから、引き受けてもらえるかどうかは微妙かも」
「それなのよね……」
委員長の側に束縛するつもりはなくても、雪っちゃんがそう捉えるかどうかは別問題だからだ。また、最初はそのつもりはなくても段々と深入りするようになってしまうかもしれない。
「雪っちゃんならそういう自分の性格を理解していて、最初から引き受けないかもしれない」
「そっかー。三峰さんもそう思うのかー」
彼女自身もその展開を考えていたのか、それとも誰かに言われたのかは不明だけれど、断られる可能性はそれなりに高いと思っていたみたい。
それでもだめもとでお長居してみようとしていたあたり、委員長も結構切羽詰まっているのかもしれない。
「あの、横入りしちゃってもいいかな?」
二人してどうしたものかと悩み始めたところに、そんな言葉が投げかけられる。いつの間にかクラスメイトの女子数人がすぐ近くに集まってきていた。
「別に深刻な話をしていたわけでもないし、大丈夫だよ」
一応確認のために委員長を見れば、その通りだとこくりと頷いてくれる。
「ありがと。それで聞こえちゃった話をまとめると、委員長は誰かに助けて欲しいんじゃなくて、時々アドバイスが欲しいってことで合ってるかな?」
再び頷く委員長。不安はあってもなってしまったからにはちゃんとその責任を果たそうとする態度は好感が持てるよね。
「それなら星さん以外にも適任な人がいるわよ」
進学クラスだものねえ。リーダー格だった人も多いだろうし、委員長経験者は多そうだからアドバイスできる人は結構いるのかもしれない。
「三峰さんとか」
なんですと!?なにゆえそこでボクの名前が!?
自慢じゃないけれど、小学校時代にさかのぼっても、ボクにクラス委員長の経験はありませんですぞ!?
しかし疑問に感じていたのはボクだけのようで、集まっているクラスメイトたちは一様に納得の表情となっていた、
「ちょっと待って。どうしてボ、私なの?」
「どうしてって、三峰さん、中学時代には生徒会のイレギュラーメンバーだったじゃない」
ちょっ!?なんですかその中二心をくすぐるような呼び名は!?
というか、そんなものになった覚えもなければ、そんな役職もなかったからね!?
「あれは単に里っちゃんに会うために生徒会室に入り浸っていただけなんだけど」
「生徒会の仕事をしてたよね?」
「邪魔になっていた分のお手伝いくらいはするよ。出入り禁止にされたら困るもん」
「意見を言ったり提案したりしてたって聞いたよ?」
「それは当時の生徒会長だった河上先輩が面白がって色々尋ねてくるから、仕方なく答えていただけだよ」
里っちゃんが生徒会長をしていたのは二年生の後半から三年生の前半にかけての時だったけれど、生徒会役員としては一年生の後半から参加していたのだ。その時に生徒会長を務めていたのが河上先輩だった。
今から振り返ってみると、ある意味里っちゃん以上にぶっ飛んだお人だった気がするよ。一般生徒に知られてもいい内容のものばかりだったとはいえ、ボクにアンケートの集計や整理の手伝いをさせたり、意見を言わせたりしていたのだから。
「つまり、それだけ三峰さんが信用されていたってことなのよ」
「そうかなあ?」
遊ばれていただけのような気もするけれど。ボクも楽しんでいたから文句を言うつもりはなかったけれど。
「という訳で、アドバイス役は三峰さんが適任だと思うの」
そんな言葉に意識を浮上させてみれば、委員長がキラキラした瞳でこちらを見ていた。
あ、これ断れないやつだ……。まあ、たまにアドバイスをするくらいなら大した手間でもないか。ただ、先にも言ったようにクラス委員長の経験自体はないから、見当違いなことを言ってしまうかもしれない。
「引き受けてもいいけど、皆もできるだけ委員長に協力すること。それが条件だよ」
「三峰さん、ありがとう!」
こうしてボクは、新年度早々にクラス委員長補佐という非正規の役回りを担うことになったのでした。まじか。




