803 後始末のためにすべきこと
バーゴの住人たちにとって遺跡はごくごく身近に存在するものではあった。けれども、それは決して親しみを持たれていることとイコールではない。
特につい先ほどキューズが忽然消えるという謎現象が発生したばかりだ。遺跡が存続の危機を訴えた瞬間、見物人たちは我先に逃げ出したのだという。まあ、最悪は崩壊の危険もあった訳だから、遺跡から離れたのは間違いではなかったかな。
さすがに衛兵部隊の人たちは逃げ出すような真似はしなかったが、何が起きても対処できるようにじわじわと距離を取っていたそうだ。
はてさて、皆が気になっているだろうことを発表しちゃいますと、バーゴの遺跡が崩壊して街に被害が発生するようなことはなかった。とはいえ、そのままの状態を保っていられた訳ではない。
一番の変化は、ボクたちが利用した隠し水路が埋まってしまったことだ。最後尾だったボクが外に出た瞬間に崩落したから、ゲームのメタ的なことを言ってしまえばそういう仕掛けが施されていたのだろうね。
何にしても遺跡の発掘調査が行われるまでの時間稼ぎにはなるので、こちらとしては渡りに船といったところかな。
いやはや、それにしても水龍さんがいてくれて助かったよ。彼が漫画とかでよくある泡状の呼吸可能空間を生み出してくれなければ、警戒感マックスで大騒ぎ真っ只中な所へ浮上することになっていただろう。
そうなれば確実に遺跡内部での出来事を洗いざらい白状させられたはずだし、その上大公様たちへ連絡されて身柄を確保されてしまったことだろう。一時的にまねごとをするだけならばともかく、高位の貴族令嬢になるなんてボクには絶対無理だから!
実際は先に述べたように水龍さんの力で湖底散歩をしつつ、ゴーストシップサルベージが根城にしている灯台へとひっそり帰還したのだった。
これでボクたちのお仕事は終わり、めでたしめでたし。となれば楽だったのだけれどねえ……。面倒なことにまだ後始末が残っていた。
まず、未だ自領に引きこもることで抵抗を続けている二伯爵の心を折るため、キューズが遺跡の攻略に失敗したことを広めなくてはいけない。サジタリウスとスコルピオスの二領地に入ることはできなくても、噂という形で各地で喧伝してもらえれば遠くないうちに現地の人々の耳に届くことになるでしょう。
次に、さすがに大公様にはある程度遺跡内での顛末を報告しておかなくてはいけないだろう。特にキューズが『大陸統一国家』滅亡後に、その権威を復活させるために生み出されたホムンクルスだったことは知らせておく必要がありそうだ。
ボクたちも『土卿王国ジオグランド』と『火卿帝国フレイムタン』であいつのそっくりさんに遭遇している。同時期に作られたとか技術の一部を流用して作られたホムンクルスが『水卿公国アキューエリオス』に現れないとは言い切れない。
一つ目の方はおあつらえ向きにウィスシーの沿岸の町々を交易船で行き来している人がいるから、その人にお願いすれば何とかなりそうな気がする。
水龍さんとの顔合わせを条件にすれば、少なくとも交渉の席には着いてくれると思う。何といってもこの湖の主だからね。ウィスシーで生きている人からすれば、ぜひとも既知になっておきたいお方のはずだ。まあ、中身の方の残念さはともかくとして……。
問題は二番目の方だ。ボクが直接伝えに行くというのは論外です。間違いなく捕獲されてしまうだろうからね。お手紙で知らせるというのが妥当な方法かしらん。
ただ、ボクのことというかジェミニ侯爵家に養子として迎えられたリュカリュカ嬢のことがどこまで公にされているのかが、いまいちよく分かっていないのよね……。
そのため、いたずらや戯言として処分されてしまう可能性もあれば、自分たちに不利な証言としてタカ派の生き残りに握りつぶされてしまう可能性だってあるのだ。
「それなら複数のルートを使って手紙を出せば良いではありませんの」
「複数?……でも思わぬ相手に情報が洩れちゃうかもしれないよ?」
「ですから、それぞれの手紙には他にどのようなルートで手紙が出されているのかを記しておくのですわ」
ミルファいわく、そうすることで後から手紙が動いた流れを追うことができるのだとか。ちょっと楽観的な気もするけれど、他に有効な手立てが思いついている訳でもないので、彼女の案を採用することにした。
出す手紙の数は四つ。一つ目は正攻法で、バーゴの街を治めるヴァルゴ侯爵を経由するルート。現地で何が起きたか知っている分信ぴょう性は高い、と思ってくれるかどうかがネックとなる。さらに侯爵本人だけでなく事務方の人たちとも直接の面識はないから、お役所仕事が発動して捨て置かれる危険もある。
二番目はポートル学園を通すルートだ。短い期間ながらも濃密な時間を過ごした自負があり、その分ボクのことを知っている人たちも多い。ジャグ講師やお供トリオだけでなく、ライレンティアちゃんやジーナちゃんの目に留まることができれば、間違いなく大公様の元へと到着できると思う。
三本目の矢の軌跡となるのは首都の冒険者協会を介するルートだ。こちらはボクこそなじみは薄いけれど、ミルファにネイト、それにうちの子たちは毎日のように顔を出しては依頼をこなしていたという。職員たちにはタマちゃんズを含めてうちの子たちのファンも多かったようなので、『エッグヘルム』のパーティー名を覚えてくれていればむげには扱われないのではないだろうか。
最後は本命ながら、できれば利用したくなかったジェミニ侯爵の手に渡るルートだ。こちらの人となりどころか、『水卿公国』へやってきた目的までも知られている。そのため言葉を飾ってその裏を読みあう苦労をせずにすむ。
一方で、ひとたび言質となりそうなものを与えてしまえば、そのまま取り込まれてしまいそうな底の知れなさを感じることがあった。それだけ高い評価をしてくれていると思えば悪い気はしないが、まだまだ国や貴族に飼われるつもりはない。
そのため、できれば距離を取っていたいというのが本音でもあった。
「まあ、それぞれに手紙が届くころにはこの町から離れている予定だし、いざとなれば国外へ逃げちゃえばいいでしょ」
「発言と思考が犯罪者のようなのですが……」
ネイト、それ言っちゃダメなやつだよ!




