799 召喚の粗は召喚主へと返却される
浮遊島に居座る悪霊たちは危険な存在なのだと改めて認識したところで、そこへ繋がっているかもしれないこの遺跡はしっかりと壊しつくしておかなくてはいけない。
「のんびりしていると、こんぴーたがまた邪魔者を強制召還するかもしれないし」
まあ、キューズのように都合良く条件が合う存在がいくつも存在しているとは思えないけれど、念には念を入れておいても損はないでしょう。
「そういえば、いつの間にかこんぴーたの音声がしなくなっているね?」
キューズとの戦闘に集中していたこともあって、すっかりその存在を忘却の彼方へと追いやってしまっていた。侵入者な上に破壊者であるボクたちの勝利というあちらにとっては最悪な形での決着となったからには、すぐにでも次の手を打とうとしてくるものだと思うのだが。
「あの謎の声ならば、お前たちが戦っていた余波で機能を停止するとか何とか言っていたぞ」
そんなボクの疑問に答えてくれたのは、事前の取り決め通りにビンスとベンを守ってくれていた水龍さんだった。
なんでもあの戦いで、特にキューズが「自重?なにそれ美味しいの?」状態でバンバン撃ちまくっていた魔法が制御室のあちこちに当たっては破壊するのを繰り返していたらしい。
「言われてみれば、身に覚えのない破壊の跡がちらほらと……」
「ちらほらどころか、明らかにわたくしたちがやった部分以上に破壊されていますわよ」
うん、そうだね。ミルファの言う通りで手出しをしていなかった巨大スクリーンもしくはディスプレイと思われるものにも穴や溶けた跡がいくつもあるし、ボクたちが嬉々として壊していた側に至っては無事な部分を見つける方が一苦労という具合だった。
「戦いの最中に時折警告というか文句のようなことを言っておったのだが、そなたたちはおろか肝心のあの者にも届いていなかったようであるな」
「いやあ、あれは可哀想だったな」
「あまりの無視されっぷりに、こっちの方がいたたまれなくなっちまったよ。まあ、俺たちが出張ったところで邪魔にしかならないだろうから黙って見てたけど」
水龍さんだけでなく地元組の二人にも聞こえていたということは、通常通りの音声だったということなのだろう。
「大人しくしていてくれて良かったよ。割と本気で余裕がなくなっていたから、飛び出してこられたらどうなっていたか分かんない」
「あー。苦戦していたように見えたけど、やっぱりその通りだったのか」
「リュカリュカさんたちが苦戦……。もしかしてさっきのやつってものすごく強かったのか?」
ビンス君や、その疑問は今さら過ぎる気がするのですが……。
まあ、一般NPCからすれば二十レベル半ばのボクたちですらとても強いカテゴリーに入ってしまうから、それ以上ともなるとすごく強い呼ばわりとなってしまうのかもしれない。
「そうだねえ……。魔法の強さだけで言うなら、高等級冒険者相手でも引けを取らないくらいだったんじゃないかな」
それまでにクリアしてきた依頼の難易度によって多少上下するけれど、高等級冒険者というと大体三等級から一等級までを指すことが多い。つまりは冒険者の中でもトップクラスかそれに準ずるとされる人たちということだ。
クンビーラを拠点にしている冒険者だと三等級魔法使いのゾイさんが当てはまり、四等級だけどランクアップは時間の問題だと噂されているサイティーさんは話題の内容によっては名前が挙げられるといったところだね。
ちなみに、『泣く鬼も張り倒す』の二人も一等級だから本来は該当することになるのだけれど、その功績から別格扱いされているので高等級冒険者と呼ばれる機会はまずなかったりするのだとか。
「うげ!まじか……」
船乗りや港湾関係者たちの勢力が強くて他の街に比べれば冒険者の立場が弱いバーゴの街でもその認識は変わらなかったのか、ビンスたちは顔を青ざめさせていた。
これは……、わざわざ今さら驚かせる必要もないだろうから、国内最高峰の教育機関であるポートル学園で実践魔法の教員をしていたことは伏せておいた方が良さそうだわね。国内最高峰で教鞭をとっていたということは、実力もさることながらその後ろ盾も超一流ということに他ならないためだ。
まあ、キューズの後ろ盾となっていた貴族連中の大半は格下げ目前、中には命すら危ういものも少なくない状態となっているけれど。
頭だったサジタリウスとスコルピオスの二人の伯爵ですら領地に引きこもって徹底抗戦の構えを見せているのが精一杯だからねえ。
「ああ、この遺跡を攻略するための時間稼ぎだったという線もありそうね」
キューズがバーゴの遺跡を攻略して『大陸統一国家』の遺産を入手することができていればタカ派貴族たちが追い詰められている現在の状況もひっくり返すことができた、かもしれない。
あいつ――を含むこれまでに出会ったローブ姿の怪しいやつら――の正体がその古代国家の復権という妄執に取り付かれた骨董品のホムンクルスだと知った今となっては、たとえ上手く攻略ができたとしても連中の思惑通りに都合良く動いたかどうかははなはだ疑問だけれどね。
「なんにしてもボクたちという計算外の邪魔が入ったせいで攻略は失敗した訳で、このまま遺跡をぶっ壊しちゃえばどこからかのルートであっちの人たちにも情報が伝わるでしょ」
果たして二伯爵たちは滅亡以外に道がないと知った時、それでもまだ反抗を続けようという気概を持ち続けていられるのかな?
「それじゃあ、動力室に続く扉が開くかどうかを確認しに行こうか」
制御室の機能が停止しているという話だから、手動で開けなくてはいかないのだろうか。開くのかな?どんな攻撃を受けても絶対に開かないのであれば放置しておくのもアリかもしれない。
「……開いちゃってたのかー」
しかしそんなボクの思考をあざ笑うかのように、扉には既に拳ほどの隙間が開いていたのだった。
「ふむ。制御不能となって動力室に入れなくなるのを防ぐためということか。考えてみれば当然の対策であるな」
うん。水龍さんの言う通りだわね。故障の原因が動力室側にあった場合、入れないと修理することすらできなくなってしまう。
まあ、今回は制御室の方が故障の原因というか破壊された結果なのだが、そうした場合でもすべての部屋に出入りが可能になるよう設定されていたのだろう。




