793 さて、やっちゃいますか
バーゴの街にやって来ているという報告は受けていたので、近いうちに直接対決ということになるのだろうとは考えていたのだが、まさか遺跡の制御こんぴーたが呼び出してくるとは予想もしていなかったわ。
それはあちらも同じのようで、いきなり切り替わった周囲の景色に理解が追い付いていないのか、目の前にいるボクたちのことにすら気が付いていないようだった。
『召喚体に指令。侵入者を排除せよ。繰り返す、侵入者を排除せよ』
「上から声が降ってきただと?」
天井付近にスピーカーが埋め込んであるのだろうね。音声の内容を無視して落ち着かない様子でキョロキョロと見回すキューズ。
こんぴーたの言っていた『適正条件の緩和』や『準適合体』という意味が分かった。本来の召喚対象であれば躊躇することなく先ほどの指示に従うはずだったのだろう。
それに保安要員や補修要員が人間とも限らない訳だしね。魔道人形や人造素体、自動機械といった造られた存在であれば、命令されたことを遂行しようとするだけだろう。
だけど、製作元が異なっていたなら命令に完全服従とはいかない可能性はあるのかな。
はっ!?
ボクは今とっても重要なことにキュピーンと閃きそうになった気がする!?
……ふむふむ、これなら確かにあれの理由になるかもしれない。
とはいえ、それが分かったところで何がどうなる訳でもないのよね。キューズとの対立構造は変わらないし、この後に間違いなく起きるであろう彼との対戦を回避できるはずもなければそれが楽になることもない。
言ってみれば「知らなくても話を進めることはできるけれど、知っていればより一層物語を楽しむことができる」かもしれない設定に気が付くことができた、というところかしらね。
そんな訳でボクたちがやることに変わりはない。
「ネイト、そろそろ強化魔法をお願い。最初はボクとエッ君で突っ込むから、ミルファはライトボールで牽制ね。ダメージよりも目くらましで動きを止めることを重視で。向こうは魔法で応戦してくるだろうから防御はリーヴに任せる。トレアは最初から頭とか心臓とかの急所を狙っていって」
一対六だから数的には圧倒的にこちらが有利なのだが、能力的にはそうはいかないはずだ。
思い出して欲しい。ポートル学園の武闘のシドウ教官にはボクでは力でも技でも全くさっぱり歯が立たなかった。
武術と魔法という違いはあるけれど、キューズはそんなシドウ教官と並んで実践系の授業を担当していたのだ。
しかも教官の試験の際には他の受験者だけでなく、試験官たちまでなぎ倒したといういわくつきの人物でもある。
学園内で襲いかかってきた連中と同じだと考えていては、こちらの方が痛い目に合ってしまうだろう。
だから全力で立ち向かう。まあ、最初だけは少し確かめたいことがあるから少しばかり面倒だけれど。
さて、いい加減無視され続けるのにも飽きてきたことだし、そろそろ始めるとしますか。
「トレア、いいからやっちゃって」
不意打ちは卑怯?ノンノン。強制召還で本人の意思ではなかったとはいえ、これまでに随分と時間は経過しているし、こちらに気が付く機会はいくらでもあった。
戦場に来ていつまでも呆けている方が悪いのです。
ヒュン!と風を切る音を残してトレアの放った矢がキューズの喉元めがけて一直線に飛んでいく。
お、おおう……。急所を狙えとは言ったけれど、容赦の欠片もないね。
それというのも、首を動かすだけでかわせる可能性のある頭部とは違って、喉は体の多くを動かさないと位置を変えられないためだ。また、頭を動かさなくてはいけないため露出していたり防御が薄かったりすることが多く、攻撃を受けると致命傷となりやすいのだ。
これで終わるようなら話は早かったのだが、さすがにそこまで楽はさせてくれないもよう。「ぬおっ!?」と飛来する矢に驚きながらも、キューズは右手に持った杖で矢を叩き落としたのだった。
動体視力もさることながら戦闘の勘も鋭いようだわね。これは間違いなく強敵で難敵だ。
初手がだめだったからと言って諦めるつもりは毛頭ない。
もっともリュカリュカちゃんの髪はつやつやのふっさふさですがね!
「ミルファ!」
次の一手のための呼びかけをしながら、エッ君と一緒にダッシュスタート。ようやくこちらに気が付いたのんびりさんが「貴様らあ!?」とか何とか叫んでいたけれど、当然のようにスルーします。
この場に先に居たのはボクたちの方なのだから、後から来たやつに偉そうに言われる筋合いはない。
「【ライトボール】!」
掛け声が聞こえた直後、背後からボクとエッ君の間をすり抜けるようにして光の球がローブの人物へと向かって行く。
「その程度!」
特殊な効果が仕込まれているのか、それとも見知らぬ技能や闘技なのか、キューズは臆することなく杖を振り上げる。
が、それは織り込み済みなのよね。突如失速したかのように急落下すると、ミルファが放った光の球はキューズではなく彼の足元少し手前の床に激突して飛散する。
実はこれターゲットを直前で変更するという、とっても地味ながら高等テクニックだったりします。
超熟練者ともなると、かわされたように見せかけて背後からぶつける、などという手品じみたことも可能になるのだとか。
「おのれ!小癪な!」
着弾時に破裂した飛沫を浴びただけなのでダメージ自体は雀の涙ほどとなったが、目論見通り目くらましの役割は十二分に果たしたみたい。ついでに苛立たせることにも成功したので、大成功と言えるだろうね。
いつの間にやら高等テクニックを身に着けている仲間が頼もし過ぎて、置いて行かれないかちょっぴり不安になってしまうよ。
冷静さをなくした連中というのは、大抵似たようなことをやらかすもので。
キューズもまたそこからは逸脱しなかったのか、
「これでも食らえ。【ファイヤードリル】!」
威力は高いながらも単調な攻撃魔法を放ってきたのだった。それをかいくぐり――余波でちょっとだけHPが減った――ボクとエッ君は速度を落とすことなくやつに肉薄する。
「エッ君、右!」
挟み込むように移動したボクたちは、走ってきた勢いをぶつけるように両側面からそれぞれ渾身の一撃を叩きつけた。




