791 がっつり壊すぜ
ギャグコメディー路線への懸念はともかくとして、動力室への対処をどうするのかなのだけれど。
「とりあえずは放置かな。まあ、制御室を破壊することで奥へと進めるようになったら、改めてどうするか考えるよ」
こう判断したことにはいくつかの理由があるのだが、一番は動力室に保管もしくは動力源として使用されている燃料の量だ。
このバーゴの遺跡を再起動するために用いた緋晶石のことを思い出して欲しい。あの時ボクたちが用意したのは、成人男子の拳よりも一回り大きいくらいの一個のみだ。
いつの間にか設置した場所から消えていたので、恐らくは遺跡に取り込まれたのだろうが、いくらなんでもその一個だけで巨大な遺跡全てを稼働させるだけのエネルギーを抽出できたとは思えない。
仮にできたとしても秒単位で使い切ってしまい、あっという間にエネルギーが枯渇してしまうだろう。
しかし、実際はそんなこともなく遺跡は今でも稼働を続けている。つまり再起動のためにこちらが用意させられた緋晶玉は、動力部分に燃料を流入させるためのいわば呼び水のような役割をしただけであって、実際のエネルギー源となっているものはあらかじめ保管されていたか投入されていたと考えられるのだ。
「魔石を加工して作られている現在の畜魔石とは違って、天然の畜魔石の緋晶玉は魔法に反応する取扱注意な代物なのよ。そんなものがいっぱいあるかもしれない動力室を壊そうとすれば……」
「そういうことか。確かに天然の畜魔石であれば暴発する危険もあるかもしれぬな」
後を継いで肝心な部分の説明をしてくれた水龍さんに頷くことで、その場にいる残りの皆にもボクの予想を伝える。
「そんなにやべーものなのか?」
「やばいぞ。多少質が悪くても数さえ揃えれば、年若いドラゴンのブレスくらいの破壊力なら出せるからのう」
……ドラゴンのブレスとかマジですか。『笑顔』との合同イベントで、エッ君の〔不完全ブレス〕が隠しボスだった巨大ロボのお腹に風穴を開けた光景が脳裏をよぎる。
もしもドラゴンブレスと同じく非破壊オブジェクトすらも貫通する極悪性能を秘めていたとすれば、遺跡どころかバーゴの街と周辺一帯が壊滅する大惨事となってしまう。
そうした事情を知らなくてもドラゴンのブレスという単語から尋常ではない危険さを感じ取ったのか、ビンスとベンの現地組も冷や汗を垂らしながら引きつった面持ちとなっていた。
制御室を破壊することで遺跡のシステムがダウンして、動力室に繋がる扉の閉ざされたままになる、という展開になるのが一番ボクたちにとっても都合が良さそうかも。
後々のことを考えれば燃料を根こそぎ奪いつくしておいた方が良いのかもしれないけれど、そんな大量の天然の畜魔石を所蔵できる場所なんてない……、こともなかったわ。『ファーム』の中にあるアコの迷宮にならお片付けすることが可能かもしれないぞ。
まあ、それは制御室を破壊した後で、動力室へと行けるようになってしまってから考えましょうか。下手に考えるとフラグを立てることになったり、捕らぬ狸の皮算用な傍から見るとイタイ子状態になったりしかねないですから。
その後はまあ、日頃のストレスを解消するかのように全員で壁面の機械群を破壊して回りましたよ。
物を好きなだけ誰に遠慮することもなく壊せる機会なんて、リアルでも『OAW』世界でも滅多にあるものじゃないからねえ。せっかくなので思う存分やらせてもらいました!
そんな人間たちの雰囲気にあてられたのか、最初は遠慮がちだったうちの子たちも徐々に大胆な動きになっていた。
エッ君は尻尾を打ち付けるのが楽しかったのかビタンビタンとやっているし、リーヴは盾を構えての突撃の練習台にしていたよ。
少しばかり意外に感じられたのがトレアだ。弓矢という得物の特性柄、粉砕破壊といった行為には向いていないと勝手に思ってしまっていたのだ。
ところがどっこい、いざ始まってみるとバッキョーン!と一番豪快な音を響かせていたのが彼女だった。馬型の下半身から繰り出される後ろ蹴り、その威力の半端のないこと!
一回でボクが牙龍槌杖で十回叩くよりもはるかに巨大な陥没ができてしまっていた。
いやはや、某スナイパーさんのごとく背後に立つのが危険だと言われる訳だよ。こちらの世界でも当たり所が悪ければ即死してしまう可能性があるのだから、回復魔法などの存在しないリアルではもっと重篤な怪我になってしまうだろう。
適切な距離が大切なのは、人間同士に限ったことではないようです。
ボクたちでは届かない高い場所は水龍さんの独壇場だった。ぷかぷかと浮いていられるのは便利よねえ。その上周囲には水球を張り巡らせているため、それを触れさせるようにするだけで機械が次々とショートしていったのだ。
水中とはいえ遺跡の中枢部分だからなのか、耐水コーティング等はされていなかったもよう。もっとも、時折巨大な放電が水球を貫いていくこともあったので、ドラゴン並みの体力と頑丈さがなければ到底真似することはできないやり方だったと言える。
「ふう……。あらかた壊すことはできたかな」
額の汗をぬぐう仕草をしながら見上げた機械群は凹みえぐれ砕けており、さらにはあちこちから煙が出ていたり火花が飛び散っていたりと、入室した当初の威容など見る影もなくなってしまっていた。
入室当初と言えば、あの圧迫を伴う不快感もいつの間にか消え去っていたので、やはり機械群から妨害電波か何かが出ていたみたい。
「なんだ、もう終わりなのか?」
ボクたちの手が止まったのを見て、天井近くにまで上昇していた水龍さんが、高度を下げてやって来る。
破壊した面積自体は断トツでもやっていたのは機械に水球をこすりつけながら移動していただけだ。身体を動かして衝撃や反動なども感じていたボクたちに比べれば、物足りなく感じているのかもしれない。
「終わりかどうかと言われると、なんとも言えないところではあるのよね」
見る影もなくボコボコに壊された機械群だけれど、現状はシステムがダウンするどころか休眠モードにすらなってはいない。つまり、稼働状態が続いていた。
『制御室に深刻なダメージの発生を確認。このままではシステムに重大な欠陥が生じる可能性アリ。至急、保安要員と補修要員の派遣を申請する』




