790 制御室にて
制御室は縦長の形状だったが、先ほどまでいた休憩室に比べると随分と狭苦しく感じられた。
実際に部屋の大きさが半分程度しかないというのもその理由だが、それ以上に長辺側の壁の片面を天井にまで届く勢いでびっしりと怪しげな機械が覆っていたことと、その反対側の面にロボットアニメの指令室もしくはブリッジもかくやというほどの巨大ディスプレイがででーん!と取り付けられていたからだった。
下手に天井が高いせいで圧迫感が凄まじいことになっておりますですよ。
仮にディスプレイがどこかの景色を映し出したりしていれば少しはマシだったのかもしれないが電源が入っていないのかそれともカメラが生きてはいないのか、残念ながら薄黒い色を表示しているだけだった。
一方の機械群の方は重低音を響かせていたので、とりあえず動いてはいるみたいだ。
「これ……、倒れてきたりはしませんよね?」
「こ、怖いことを言わないでくださいまし!」
「ごめんなさい」
不用意なことを口にしてしまったネイトを、ミルファが注意するという珍しい事態が発生していた。
とはいえ、ネイトの気持ちも分からないでもない。巨大ディスプレイの方はともかく、機械群の方は――恐らく多分きっと目の錯覚なのだとは思うが――上部に行けば行くほどせり出しているように見えていた。
それくらい妙なプレッシャーが周囲から圧し掛かってきていたのだった。
「だけど、いくら何でもちょっとおかしいような?」
こうして立っているだけでも不安がお腹の底から這い上がってくるような、言いようのない気分の悪さを感じていた。
うちの子たちを含むボクたちパーティーはまだしも、ビンスとベンはすっかり血の気が引いてしまって青を通り越して真っ白な顔色になっているよ。
男の意地なのかそれとも地元民としての矜持なのか、今は何とか根性を出して耐えているようだが何かふとした拍子で気持ちが緩んでしまえば悲鳴を上げて逃げ出すことになるかもしれない。
うん。やはりこれはどう考えてもおかしい。
ウィスシーの主にして世界でも指折りの強さを誇るだろう水龍さんにあっという間に馴染んでしまったあの二人が、今さら遺跡に怯えるなんてあり得ないでしょう。
「もしかすると、精神に害を与える不愉快な罠か何かが仕掛けられているのかも」
「我は何も感じぬが?」
「いや、ドラゴンに効果がでるくらい強力な代物なら、扉が開いた瞬間に泣き叫んで逃げだす羽目になってると思うよ……」
あ、でも、電磁波でマイクロウェーブ的なのか、それとも可聴域外の超音波的なもので水龍さんが周囲に展開している水を通り抜けることができなかった、という可能性もゼロではないか。
「水龍さんみたく水をまとえば効かなくなるかしら?」
「息が続かずに溺れてしまいますわよ」
「それ以前に体を覆うほどの大量の水を常時展開しようとすれば、あっという間に魔力が枯渇しますね」
どうやら仮説を証明するのは困難であるらしい。
「原因が分かっても対処法がないのは厄介ですわね。このままでは、そう長くはこの部屋にいられませんわよ」
それは困るね。まだ何の調査もできてはいない……、おや?
「ていっ!」
おもむろにアイテムボックスから牙龍槌杖を取り出して壁面の機械を殴りつける。
「んなっ!?」
「ちょっ!?リュカリュカさん、いきなり何やってんの!?」
突然の奇行――のように見えているのだろうね――にビンスとベンが慌てふためいている。
「元々こうするつもりだったことを思い出しただけだよ」
答えながらもガキョンバキョンと手近なところに叩きつけていく。非破壊オブジェクト扱いではなかったようで、打撃を加えるたびにひしゃげて火花が飛び散っていく。
うむうむ。このままぶっ壊してしまいましょう。
「破壊することに異はありませんが、情報をあさらなくても良かったのですか?リュカリュカが予想した通りであれば、この遺跡は転移のための施設なのですよね?だとすれば、例の場所がどこにあるのかも知ることができるのではありませんか?」
ネイトの質問はもっともではある。例の場所と言葉を濁した浮遊島の在りかだって、この制御室の機能を使えば判明するかもしれない。
だが、しかし。
「世の中にはね、知らない方がいいこともいっぱいあるんだよ」
知ってしまったがゆえに野心を抱くようになってしまった、というのが物語での悪役行動の理由付けにおける定番の一つだからねえ。
他にも、今回はビンスとベンに加えて、さらには水龍というただでさえ強くて手に負えなさそうなNPCが同行している。
基本的には細かいことは気にしない大らかな性格――オブラート多重包み表現――のようだが、それは「自分が負けることはない」という絶対的な自信があってのものだ。仮に、もしもその自信が打ち砕かれそうになってしまった時、この遺跡のことを思い出して利用しようと考えないとは言い切れない。
ビンスやベンにも同様のことが言える。もしもこの先権力などを背景に理不尽な目に合ってしまったら、それを覆すためにこの遺跡で知り得た知識を用いてしまうかもしれない。
「それに、野心を抱いたのならドロップキックを繰り出してでも止めるけど、生き残るためだとか誰かを助けるためとかなら止められる自信がないもの」
例えば、カーシーさんが好色な貴族に目をつけられて付け狙われていたなら、二人をいさめるどころか率先してこの遺跡の知識を活用すると思う。
「リュカリュカなら間違いなくそうしますわね」
「未来を垣間見たかのごとく、明確にその光景を想像できてしまいました」
さすがはミルファとネイト。付き合いが長いだけあってボクの性格を熟知しているよ。
ちょっとばかり失敬な気がしないでもないけれど。
「そんな訳で、ぶっ壊しちゃうから君たちは何も知らない、いいね」
「あ、はい」
よし、彼らからの言質も取ったのでさっそく……。
「ところで、動力室の方はどうしますの?」
狙ったかのようなタイミングで尋ねられ、思わずつんのめってしまいそうになる。
重苦しいシリアス展開よりはマシだけれど、コメディー路線を通り越してギャグ方面に進むのは勘弁してもらいたいのですが!?
いや、だってギャグ系だと頑張ってやっつけたボス級の相手が、次にログインした時には平然と復活していそうなのだもの。




