79 仲間との出会い
爽やかな晴天の元、クンビーラの街の大通りを東へと歩いていく。
が、そんなお天気とは裏腹にボクの心はどんよりと曇っていた。
原因は二つ。一つはリアルでゲームを始める前の夕食時に「もうすぐ期末テストだから、しっかりと勉強を頑張るように」と両親からステレオでお小言を頂いてしまったこと。
どうやらうちの親たちは、ボクがVRゲームをやっているのが気に食わないみたい。
元々が里っちゃんの口添えがあって始めたことだからか、あまり正面からは言ってこなかったけれど、テスト前という時期ともなるとどうしても口やかましくなってしまう様子。
まあ、リアル優先だということは分かっているんだけど、分かっているからこそ言葉にされると苛立ってしまうという部分もありまして……。
で、原因の二つ目。こちらはもっと単純で、これからやることに気が乗らないから。
だって、公主様を始めとしたクンビーラのお偉いさん方とブラックドラゴンとの会見に同席するための打ち合わせだよ!?
絶対色々と小難しい手順があるのに決まってるよ!そういう堅苦しいことが苦手なボクとしては、今の段階からして気が滅入ってしまうのでした。
「はああああぁぁぁぁ……」
特大のため息を吐くボクに、前を歩く騎士さんの肩が微妙に震えている。きっと苦笑いを浮かべているのだろう。
すっかりボクのお目付け役という立場が板についてしまったグラッツさんだけど、さすがに登城の際の案内役は荷が重いと判断されたのか、本日『猟犬のあくび亭』へと迎えに来てくれたのは角付きの兜が似合う壮年の百人隊長さんだった。
「登城するのに緊張しているというやつはよく見かけるが、憂鬱そうにしている人間は初めてだな」
「ああ、ごめんなさい!隊長さんの立場からすれば、見ていて気持ちが良いものじゃないよね」
向かっているのは自分たちの仲間や上司が働く場所なのだ。ボクの態度はかなり失礼なものだっただろう。
「まあ、目立ちたくはないという気持ちも理解できるから、しばらくの間なら構わんよ。ただ、言いがかりも同然な形で攻撃してくる者もいる。厄介ごとに巻き込まれたくないのであれば、そうした連中が手を出せないように、城の近くへ行くまでに切り替えておくことだ」
公主様自身はやたらとフットワークの軽い気さくな人のようだったけれど、配下の人たちまでがそうだということでは絶対にないはずだ。
むしろ統治者側の人たちが全員あのノリだったら、クンビーラの先行きが不安で仕方がないよ。良い意味でも悪い意味でも権威主義的だとか、典型的な貴族体質な人たちもいるのだろう。
「ご忠告ありがとうございます」
隊長さんにお礼を言ってから、一つ大きく深呼吸をする。
確かに色々と面倒なことになってきているけれど、だからといってそれを今この場で表現したところで何の意味もないのだ。
やるのであれば交渉の場で行うべきであり、それまでは隙を見せるべきじゃない。
パチンと両手で頬を軽く叩いて気持ちを入れ替える。
丸まっていた背筋を伸ばして俯きがちだった視線を正面へと向ける。
そんなボクの変化に当てられたのか、足元でちょこちょこと遊びながら進んでいたエッ君も、行進をするかのようにビシッとした足取りになっていた。規則正しく左右に振られる尻尾が凛々しいです。
ちらりと後方を見やると、リーヴも先程よりもさらにきびきびとした歩き方となっていた。
「ほお……」
百人を従える隊長という役職に就いているだけあって、気配や様子の変化にも鋭いみたい。
それまでだらけきっていたボクが、急にしゃんとした雰囲気になったことを察したようだった。
それにしても物凄くいまさらの話なのだけど、こういう感覚的なことをNPCはどうやって察知しているのでせうか?
……うん。ちょっと考えるくらいでは分からない難しいことは、また今度ということにしよう!
「城門が見えてきたな。それではこのまま行くとしよう」
ちょうど良いタイミングで到着まであと少しと告げられたこともあって、意識をそちらへと引き戻す。
さてさて、ここから先は敵の本拠地――と言うと語弊があるかもしれないけれど、気分的にはそんな感じ――だ。揚げ足を取られたりしないように、より一層気を引き締めていかないと。
お城を取り囲む壁は、街の周囲に張り巡らされたものに比べるととても薄いものだった。
壁というよりは塀と呼んだ方がしっくりくるかもしれない。厚さは精々二十センチていどで、見張り等で人が上がれる場所も所々に櫓状のものがあるだけ。
高さも精々が三メートルというところかな。一応簡単によじ登ることができないように、その上にさらに金属製の柵――もちろん先は鋭く尖っております――が取り付けられているけれど、トータルでもその高さは五メートル前後だと思われる。
「どうかしたかな?」
「クンビーラの中枢の割には壁が薄く感じて。これなら貴族様方の邸宅がある高級住宅街に入る際に築かれている壁の方が、よっぽど丈夫そうじゃないですか」
実はこのお城を含む高級住宅街の周囲には、場違いに思えそうなほど頑丈な壁が張り巡らされていたのだ。
「見た目は薄く見えるが、実際には魔法で強化されているから強度はかなりのものとなっているぞ。それと、高級住宅街の周囲の壁が丈夫なのは当然だ。なにしろ元々のクンビーラの街の城壁だったんだからな」
隊長さんの説明によると、あの壁こそ最初期のクンビーラの街の名残なのだとか。
その後数千年の間に数回の拡張を重ね、現在の町の大きさになったそうだ。
「さすがにいくつもの壁を残しておいては不便だということで、二つ目以降の物はすべて撤去されたらしいぞ」
クンビーラの歴史なるほど話でした。
そんな説明を聞いている内に、ついにボクたちは城門の前へと到着した。そこには門番なのだろう騎士さんたちだけでなく、ボクと同い年くらいの女の子と、少し年上だろうと思われる男性が立っていた。
「遅かったですわね。ここから先はこのわたくし、ミルファシア・ハーレイ・クンビーラが案内いたしますわ」
金髪の縦巻ロールをふぁさっとかきあげながら、一歩こちらへと踏み出した女の子――よく見るとかなりの美人さんです!――がそう告げた。
これが、以降ボクが長々とパーティーを組むことになるNPCたちの最初の一人、『閃雷の剣匠』ことミルファとの出会いだった。




