786 なぞかけセキュリティ
リアルでフロッピーディスクが活用されていたのは今は昔のことで、実物を見たのはボク自身初めてのことだった。まあ、『OAW』はゲームの世界だから、正確には実物を元に作られたデータということになるのだろうけれど。
どうしてボクがそんな見たこともない物のことを知っていたのかというと、コンピュータやその周辺機器の変遷について授業で習ったことがあったから、ではなく。
いや、実際にそうした授業はあったのだが、本当にさわりだけで、しかも小型軽量化の歴史に終始していたような記憶がかすかに残っているだけだった。つまりは、それくらい扱いが軽かった訳です。
それなのにボクが一目でフロッピーディスクを見分けることができたのは、小学生低学年だったある年の夏休み、里っちゃんアンド一也兄さんと一緒に自由研究と題して、ゲーム機器の移り変わりについて調べたことがあったためだ。
家庭用ゲーム機の浸透が進んだ頃、フロッピーディスク型のゲームソフトが出回った時期があったのだとか。しかも当時としては画期的なことに、別のゲームへと格安で書き換えることもできたらしい。
ある意味、ダウンロード販売の走りみたいなものだったのかもしれないね。
このように個性的な特徴を兼ね備えていたこともあって、記録媒体として一般に使用されていたフロッピーディスクもまたボクの脳内にはっきりと記憶されていたのだった。
しかし、これはちょっと厄介なことになってしまったかもしれない。
制御室に通じる扉の脇にあった装置は差込口と電卓のような代物だったので、カードキーを入れて後はせいぜい数桁の暗証番号を打ち込んでやれば開くだろうと思っていた。
だけど、記録媒体となると小難しい質問などが設定されていることも考えられる。
「リュカリュカ?結局それが鍵ということでよろしいのかしら?」
ミルファの声にハッと我に返る。いけないいけない。どうやらついつい悩みこんでしまっていたようだ。
「うん。多分これが当たりだと思う。……それと、数字が書かれた何かは落ちていなかったかな?」
ボクの問いかけに顔を見合わせながらも、最終的には全員が首を横に振ることになったのだった。やはり暗証番号入力で楽々クリアとはいかないみたいだわね。残念。
最後の足掻きとばかりにもう一回り部屋中を調べて――何の成果もありませんでしたがね!――から例の装置の前へと向かう。ヒントを見つけられなかったのは、そんなものが必要ないくらい簡単なためだ、と謎な解釈を自分に言い聞かせるようにしながら発見したフロッピーディスクを機械上部の隙間へと差し込む。
大きさが違う等のギャグ展開もなく――一口にフロッピーと言っても、技術の進歩によっていくつかのサイズ規格があったらしい――吸い込まれていくと、カシャンと鳴ったかと思えば、読み込んでいるのだろうかジーとかカーといった音が小さく聞こえてくる。
「大丈夫なのでしょうか……?」
しかし、そんな機会についての知識が一切ない仲間たちは不安げな表情でその様子を見つめていたのだった。
気を張り過ぎていると精神的な疲労が蓄積して、いざという時に力を発揮しきれないということにもなり得てしまう。前提となる知識も何もかもない相手に説明するのは難しいのだけれど、そうも言ってはいられなさそうだ。
「えーと……、さっきボクたちが拾ったのは機械同士がやり取りするための手紙が入った封筒のような物だと思って。で、今その手紙を取り出して読んでいる真っ最中なの」
拙い説明だったが、なんとなくイメージができたのか、なるほどと頷くみんな。そして少しでも取っ掛かりができれば安心できるもので、不安と警戒心から込められていた余分な力が抜けていったのだった。
ふう。素直ないい子たちばかりで助かったよ。子と呼ぶには年を取り過ぎているお方が若干名混じっているのは、きっと気にしてはいけないことなのです。
そうこうしている間に読み込みが終わったのか、差込口の上部の壁に文字が浮かび上がってくる。
……ディスプレイ部分もあったのね。
「か、壁に文字が……」
「すげえ……」
「え?なんで驚いてんの!?」
ちなみに、最初が水龍さんで次がビンス、最後の突っ込みがベンとなります。先に驚かれてしまったことで、思わず突っ込む側に回ってしまったみたいだ。
でも、その気持ちも分かるよ。この遺跡の監視役を務めていたあなたが、どうしていの一番にびっくりしているのかという話だ。
まあ、ビンスたちが遺跡に侵入したことに気が付いてやって来たのが、今日になってからだものねえ。
隠し通路の入り口を発見できる者などいやしない、と高をくくってまともに監視もしてこなかったのだろう。そんな態度だから当然遺跡の中身にも興味を持つことなどなく、改めてそれを目の当たりにして驚いているのかもしれない。
うん。これまでとは別の意味でもこの遺跡の機能は絶対に破壊しておかなくてはいけないと思えてきたよ。やる気のない監視なんてあてにならないどころか、不安の種でしかないもの。
決意を新たにして浮かび上がってきた文字へと目を向ける。
そこにはこんな文章が表示されていた。
『以下のものに対応する数字を並び替えて入力せよ。
豊穣の実りに満たされる。
灼熱の日差しに焙られる。
雪解けの流れに潤される。
冷たい木枯らしに凍える。』
「なんだこりゃ?……リュカリュカさん、すまねえが学のない俺たちじゃ力になれそうもねえや」
小難し気な言い回しに拒否反応が出てしまったのか、ビンスが早々に戦線離脱を宣言してくる。
「いやいやいや、こういう謎かけっぽいのは意外とちょっとした発想の転換だとか視点の違いから答えに辿り着けたりするものなんだよ」
ベースとなる知識がある方が有利となることは間違いないが、それ以上に閃きとかが重要になってくる。貴重な戦力になるかもしれない人材を遊ばせておく訳にはいきません。
「今の段階で分かっていることから考えてみようか」
まず、答えは数字になること。そして次に、判明した数字を並べ替える必要があること。
この二点は確定だと言えそうだ。
「四つの文ですから、答えの数字も四つになるのではなくて?」
「複数の数字で表す場合も考えられるから、絶対にそうだとは言い切れないかな」
とはいえ、ミルファの予想した通りである可能性は高いと思うけれど。
幸い時間制限はないようだから、焦らずにじっくりと考えてみることにしよう。
これまでにもヒントらしいヒントは書いていないので、今話の時点で問題の答えとその理由が分かった人がいれば本気で凄いと思います。
さて、どうやってリュカリュカちゃんたちを答えに辿り着かせようか……。




