785 遺跡の奥は一本道
遺跡再起動のための緋晶玉設置は、それまでの苦労は何だったのかと文句を言いたくなるくらい簡単だった。
「えーと、『部屋の中央に燃料となるそれを置け』って、ああ、これね……」
いつの間にやら床に部屋の四隅からの対角線が走っており、交点である部屋の中央が分かりやすく示されていたのだった。
楽でいいけれど、これ以上の試練を考えるのが面倒くさくなったのだろうか?と邪推してしまいたくなるような適当さ加減だわね。
「さて、再起動させていきなり危険なことはないとは思うけど、万が一のことがないとは言い切れないからそれぞれ用心だけはしておいて」
超長期間休眠していた上に、死霊になってまでも世界征服を企んでいる連中が作った施設だもの。防衛機能に組み込まれている回路が暴走して「侵入者は消毒だー!」とヒャッハー思考になっていたとしても、納得できる謎な自信がボクにはあった。
もっとも、幸いにして開いた扉から大量の防衛用ゴーレムが飛び出してくるということはなく、ボクたちはついに遺跡の深部へと足を踏み入れることになったのだった。
地上での大騒ぎを知る由もなく……。
バーゴの遺跡深部はシンプルというか非常に簡素なものであるらしい。
制御室と動力室という二つの重要設備と本来の侵入経路というか移動経路なのだろう魔方陣が描かれた小部屋に、休憩室だったらしい朽ちた元調度品と思わしき残骸が大量に散らかる大部屋が一直線に繋がるだけという単純明快さです。
ちなみに、ボクたちがやって来た水中からのルートは緊急用の非常口にあたるようで、休憩室から脇へと延びる形となっていた。
「リュカリュカ」
「どうだった?」
休憩室の壁の片隅に据え付けられていた案内板から視線を外して、リーヴとトレアと一緒に戻ってきたネイトへ向き直り尋ねる。
「ダメでした。やはり制御室とその奥にある動力室へ進むには特別な鍵が必要になるようです」
「そっか」
あらかじめ予想していた通りの展開なので落ち込むことはない。が、恐らくはその鍵が隠されていると思われる調度品の残骸の山を見ると、少々気が滅入りそうにはなるね。
「そっちはどうだった?」
ちょうどネイトたちとは真向かいの方角からミルファとエッ君、そしてNPCの面々が帰ってきたので聞いてみる。
「その案内板に書かれている通りに魔法陣が描かれていましたわ。ですが、対応先が発見できないため使用不可能という警告が鳴り響いているばかりでしたの」
どこからかの横入りを心配する必要はないということか。そういう意味では朗報と言えるかもしれない。
「それにしても、防衛能力が全くないとは驚きでしたわね」
ミルファの呟きに思わず頷いてしまうボクたち。彼女が言った通り、何とこの施設には防衛用の戦力が一欠けらも存在していなかったのだ。
てっきり近い内に戦闘になるものと身構えていたから、肩透かしを食らった気分になってしまう。
「……あ!もしかすると個別に戦力を持つ必要がなかったのかも」
「どういうことです?」
「例えば、すぐ隣に兵士の詰所とか治安維持部隊の屯所があったとすれば、ここに防衛戦力は必要ないよね」
ボクの解説に「あっ!?」と驚きの声を上げる仲間たち。
遺跡ということでついつい単独で考えてしまいがちだけれど、今現在バーゴの街中にあるように、この施設が稼働していた当時も周囲で多くの人々が生活をしていた可能性はあるはずだ。
それに、ボクの考え通りであればこの遺跡は空飛ぶ島への転移装置だったことになる。
当然、少なくない数の人が訪れていただろうから、近くに宿場町が形成されていたのではないだろうか。治安維持のための部隊が置かれていてもおかしくはない。
現代でも『転移門』の管理と運営自体は『七神教』が行っているが、そのすぐそばには衛兵の詰所があったり冒険者協会の支部の近くに併設されていたりと、防衛や安全を外部に頼っているケースは多いのだとか。
さて、それならそれでボクたちにとっては好都合だ。
「さっさと奥に進むための鍵を見つけて、制御室と動力室をぶっ壊そうか!」
とはいえ、それが難問なのも確かなのよね。休憩室は小さな体育館並みの広さがあり、その床のほとんどを残骸が覆っているという始末だったのだから。
「ところで、リュカリュカ。一口に鍵を探すとおっしゃっていますけれど、そのような形のものなのか分かっていまして?」
ミルファに問われて小首を傾げる。鍵と言えばギザギザの付いたごく普通のアレを思い浮かべていたのだが、そういえばネイトは「特別な鍵」と言っていたね。
「申し訳ありません。どのような鍵なのかわたしでは見当もつきませんでした……」
彼女の話によると、一般的な鍵穴らしきところはなく、その代わりに扉の横に何やら装置が取り付けられていたのだとか。
同行していたリーヴとトレアにもさっぱり分からなかったようなので、相当珍妙な形をしているのかもしれない。
外見が想像もできないのでは探すことなどできやしない。ヒントになりそうな装置とやらを見てみるために全員で制御室の入り口へと向かう。
果たしてそこにあったのは、細い差込口が付いた電卓のような代物だった。
つまり、ドラマなどで登場する番号入力式のセキュリティ装置ですな。
「あー、これは鍵だけじゃなく、キーナンバーも打ち込む必要がありそうだね」
ここにきて現代風もしくは近未来SF風な装置を持ってくるとは……。
まあ、網膜及び虹彩認証や指紋認証といった生体由来のシステムではなかっただけマシだったかな。いくらゲームの中でも、遺伝子の採取とか細胞の培養とかやりたくないです。
「多分、鍵はカード状のものだと思う。ついでに数字が書いてあれば大当たりだね」
「カードなんて鍵になるのか」
「あら、冒険者カードは持ち主の情報が記載されていましてよ」
「冒険者協会の各支部にはそれらの情報を読み解く魔道具がありますから、その応用といったところでしょうか」
意外と身近なところに類似品があったね。面倒な説明が省けたので良しとしましょうか。
まあ、カギを見つけ出すという一番面倒な作業は残っているのだけれど。
しかし、ここで予想外の出来事が発生する。水龍さんを除いた全員による懸命の捜索によって発掘されたそれは単なるカードではなく、
「ふ、フロッピーディスク、だと……!?」
リアルでもまずお目にかかる機会のなくなった記録媒体だった。




