782 まだまだ本番前
旅の途中でお供を増やしていく昔話の主人公よろしく水龍さんを仲間に引き入れたボクたちは、ついに水路の一番奥の行き止まり部分に到着していた。
その途中で「まさか水中の通路を歩くことになるなんて……」と水龍さんの魔法にビンスとベンがぼやいたり、通路に迷い込んでいた肉食魚――魔物ではない。マジで?――に小さくなっている水龍さんが食べられそうになったりしたが、文字に起こすと本数冊分にもおよぶ超スペクタクル感動冒険巨編となってしまうので詳しいところは割愛します。
ああ、これだけは記しておかないと。
せっかくなので許可を貰って水龍さんに〔鑑定〕技能を使用させてもらったのだけれど、種族の『水龍』という部分以外は全て文字化けしていて一切読み取ることができなかった。どうやら彼とボクたちとでは十倍どころではないレベル差があるようで。
そんなに強いのに、魔物でもない魚に食べられそうになるとかどうなっているのよ……。
さて、通路の突き当りは上りの階段状になっていて、およそ一階分上がったことになるのだろうか、以前二人から聞いていた通りに水から出られるようになっていた。
潜った深さや遺跡の形状に大きさを考えると、湖面までの計算が合わないような気もするのだけれど、そこは魔法などの不可思議パワーもしくはゲームのご都合主義で何とかしているのだろう。
小部屋の広さはお幅と奥行き共に一辺が四メールほどで、高さの方はそれに少し足りないくらいかしらね。およそ立方体に近い直方体といった感じだ。
腕を伸ばしてその場で垂直飛びをしても天井には触れられそうもないから、一般的なお家よりは高そうではある。
しかし建材が隙間なく並べられて積み重ねられているためか、数字よりも狭苦しい印象となっていた。
余談ですが、水中の通路の時からどこが光源なのかはっきりしない妙な明かりによって、不自由しない程度の明るさが保たれています。謎パワー万歳。
「……あの時と変わらないな」
「ああ。何かあるようには見えない。なあ、リュカリュカさん。本当に仕掛けがあるのか?」
「俺たち、前に来た時に相当細かく調べたけど何も発見できなかったんだぜ?」
ぐるりと周囲を見回した後でビンスとベンの二人が問うてくる。偶然とはいえ隠し通路の入り口を見つけた二人がこうまで言うのだから、まさに微に入り細に入り調べ回ったのだろう。
興奮していたこともプラスされて、疲れも感じずにかなりの長時間に及んだのかもしれない。
もっとも、リアルにも通じることだがこういうものにはいわゆる調査のコツ――こちらの世界でなら技能で代用することもできるね――があり、それを知らないと時間と労力の無駄になってしまうことも多い。
「とある伝手からそのコツを教えてもらったことがあるから、闇雲に探して回るよりは確率が高いと思うよ」
だけど、実際に探し始める前に確認しておくことが一つ。
「水龍さんはこの先に進むための仕掛けのことを知っていたりしますか?」
ちゃぷちゃぷと宙に浮かした水球の中で、他人事のようにボクたちのやり取りを見ていた蛇の親玉に聞いてみる。
「我がそのような些事を気にすることなどあり得ぬ」
「あ、そう……」
ザルだったとはいえこの遺跡の監視をしていたというからネタバレ防止で尋ねたのだが、その必要はなかったみたいね……。
でも、本当の意味で遺跡の内部に入るための仕掛けは些事ではないと思うの。
「隠し通路の入り口のように見ただけでは分からないようになっているんだと思うんだ。だから壁を直接触って調べてみて」
予想の通りならば凹凸を感じ取れるはずだ。
外部と同じくこの部屋の壁もつるつるのすべすべなので、ほんの少しのデコボコでも発見できると思う。ただし、間違ってもスイッチを押し込まないように注意が必要だけれど。
個人的な感覚で言えば壁をそっと撫でるように、といった感じかしらね。
狭い部屋とはいえ四方の壁を触って調べて回るとなると多くの手が必要になる。うちの子たちにも手伝ってもらうとしますか。
いつ戦闘が起きるかも分からないから、エッ君にリーヴとトレアといういつものメンバーを呼び出して、手分けして壁をぺたぺた触っていく。
エッ君とリーヴには体の小ささを活かして低い位置をお任せです。
え?手のないエッ君はどうやって調べているのか?
手の代わりに背中の羽を使っていました。エッ君いわく、敏感なところだから少しの違いでも気が付くのだとか。
そうして調査を始めてから五分ほど経ったころだろうか。ついにかすかながら指先に引っ掛かりを感じる個所が発見された。
「間違いないね。この仕掛けを考えた人は性格が悪い」
「性格が悪いかどうかはともかく、ひねくれていることだけは間違いありませんわね」
「それ、ほとんど同じ意味ですよね」
愚痴るボクとミルファに突っ込むネイトも苦笑いだ。
何せその場所というのが隠し通路から上がってくる階段の真上だったのだから。
見つけ出したのはトレアだ。ケンタウロスの長身を生かして高い場所を探ってもらっていたのだけれど、一応調べておこうかと手を伸ばしたところ発見したのだという。
正直、ノーヒントで見つけ出すのは至難の業だと思う。……ああ、本来はバーゴの街でこうしたヒントを集める仕様となっていたのかもしれない。
「お手柄だったねえ」
頭を撫でなでしてあげると照れ笑いを浮かべるうちの子可愛い。
「じゃが、これが一体何だというのだ?」
和んでいたところに聞こえてきたぼやき声に顔を上げると、水球に包まれた見た目青い蛇の親玉がトレアの発見した微かな出っ張りがある個所を触りまわっているではありませんか!?
ちょっと!?何をしてくれていやがりますか!今回はなかったから良かったようなものだが、罠が仕込まれている可能性だってあるのだから勝手に動かないで貰いたいものだわね!
「す、すまない。我が軽率だった……」
そういうことをこんこんと説教をすると、水龍さんはぐったりした感じで謝罪をしてきたのだった。
「マジか。ウィスシーの主に謝らせたぞ」
「俺たちは今歴史的瞬間を目撃しているのかもしれねえな……」
ビンス君にベン君や、他人事のように観覧しているけれど、一歩間違えたら君たちも無様な死にざまを見せていたかもしれないのですが、そこのところはちゃんと理解しているのかな?
本格的な遺跡探索に乗り出す前に、水龍さんを含め三人には冒険者の心構え基礎知識編を叩きこんでおくべきな気がする。




