781 ひらりと華麗に
今の技術が未熟だから『大陸統一国家』時代の優れた技術に触れる資格がない、などということは言わない。未熟であってもそれなりに使いこなすことはできるはずだ。
ただし、正しく使いこなせるか否かは別問題となる。
ここで言う「正しい」とは当時の目的や意図に正確に沿うという意味ではない。むしろそれに反してでも今の世界の発展や成長に寄与することができるかどうかが大切になってくる。
だからこそ、技術を正しく使い扱うためには知識だけでなく教訓や文化といった下地が必要となるのだ。
そしてこれらはゆっくり時間をかけて成熟していく類の代物なのだけれど、対して技術というものは一足飛びに急速に発展する性質を持っている。
最先端技術を用いているのに問題が解決しないどころか新たな火種さえ生まれてしまうのは、こうした性質の違いに由来するから、であるらしい。
……白状します。これらは全て里っちゃんからの聞きかじりでございます、はい。
なんでも『笑顔』でギルドの人たちと雑談中にそんなお話になったとかならなかったとか。娯楽でそんな高尚な議論をしているだとか、うちの従弟様は一体どこに向かおうとしているのでせうか?
まあ、今のところはお目付け役というか近しい目線を持つ人たちがいるようなので孤立する心配はいらないかな。
おっと、今は彼女自身のことではなく、語ったその言葉が重要なのでした。
「自分たちで育てているものですら満足に扱い兼ねているのに、それをはるかに凌駕する高度で進んだ技術なんて、正しく用いることなんてできないですよ」
恐らくは大半の人はそれすら理解できていないだろう。そんな状態であれば、いずれ欲に駆られたおバカが暴走して破滅をもたらすのがオチというものだよ。
「言い分は至極もっともだと思うが、人間たちとてそう捨てたものではあるまい。……なにゆえ我が人間を擁護するようなことを言っているのだろうか?」
まあ、普通は逆の立場ですよね。水龍さんが人間の欠点や弱点を突いてきて、ボクたちが反論するというのが王道なやり取りだろう。
その際、欠点は欠点として認めつつも、将来性だとか成長や進化の余地があることなどを訴えて見極めるための時間をもらうというのが定番かしらん。
でも、見方を変えればこの説得方法というのは、未来の誰かへの丸投げなのよね……。
もちろん思い描いた花が咲くように土壌作りや種の改良をすることは可能だが、どんなに足掻こうともそこまでのことでしかない。
実際にどんな花を咲かせるのかは、育てる人たちに委ねられることになる。
「だけど、周りからの期待値が大きいと大抵の場合はプレッシャーになるよね」
「ああ……」
大なり小なりの違いはあれど、そうしたことは大抵の人たちが経験しているものだ。
だからなのか水龍さん含め頷く皆の顔には苦みがほとばしっていたのだった。
「という訳で、未来に変な宿題を残すようなことはせずに、ボクたちが!今!ここで!決着をつけておくべきなのです!」
「ぬう……。そなたの主張は理解した。納得のいく理由であったように思う。だが……、なぜかどうにも上手く言いくるめられた感がぬぐえぬのだが……?」
ちっ!勘のいいドラゴンは嫌いだよ!
「ダイジョブダイジョブ。キットキノセイダヨー」
「ちょっ!?ここで片言口調とか、怪しいと自白したようなもんじゃねえの!?」
「ソンナコトナイアルヨー」
「もっと変になった!?」
まあ、ふざけるのはこのくらいにして。
「別にボクだって人間が嫌いだとか人間社会に絶望しているって訳じゃないですよ。ただ今の時点で何の枷もなく手にするのは早過ぎると言っているだけ。どこかの誰か、例えば長命で世界でも有数の力を持っている某ドラゴンさんたちがしっかりと扱い方を指導監督してくれるって言うなら、破壊する必要はないと思ってますけど?」
ねえ、どこかの誰かの某ドラゴンさん?
ニッコリ素敵な笑顔で言いきってやると、水龍さんはふいっとわざとらしく視線を明後日の方へと向けていた。もっとも、本気でそんな重荷を彼に背負わせるつもりなどないのだけれどね。
だが、遺跡を監視していたという割にその遺物の取り扱いに対して他人事のような態度だったのはいただけない。
強大な力を持っているのでいざとなっても何とかなると思っているのかもしれないけれど、そういう驕りが失敗に繋がるというのは教訓譚の基本なのだよね。
きっと本当にいざという時になると、「ば、馬鹿な!?こんなはずでは!?」とか言ってあっさりやられてしまうことでしょう。
「なんだその超絶にカッコ悪くて情けない三流のやからは!?」
憤慨しているけれど、未来のあなたが演じることになったかもしれない役柄ですよ。
「そんな不幸を万が一にも発生させないようにするためにも、後腐れなくぶっ壊しておこうということです」
「うぬぬぬぬ……」
「それとも人間種が古代の技術を得るに値するその時まで、水龍さんがこの遺跡の管理をきっちりとやってくれるんですか?」
「存在しているから悪心を抱く者が出てくるのだ。この際原因から片付けてしまうべきだろう!」
わーお、これ以上ないというほどの綺麗な掌返しだわ。
まあ、いつ終わりが来るかも分からないことに責任は持ちたくないよね。
「そうと決まれば水龍さんにも遺跡探索に同行してもらいましょうか」
「ぬ?我もなのか?」
「それはそうでしょう。遺物を見たことでボクたちが心変わりするかもしれないし、ちゃんと破壊したのかを見届けないと」
そんなことは絶対にありえない!とは言えないからねえ。
ほら、遺跡の奥に『大陸統一国家』時代の死霊の中でも特に危険がデンジャラスな個体が封じられていて、そいつがいきなり憑依してきてまさかの精神融合、『リュカリュカちゃん大魔王ルート』が爆誕!といった展開がないとも言い切れないもの。
もっとも、一番の理由は水龍さんが一緒に居てくれればビンスとベンの安全は間違いないだろう、という下心からくるものですがね。
物語的にこちらのレベルに見合った、またはそれ以上の強さの敵が登場してきてもおかしくはない。そんなやつを相手に誰かを守りながら戦うだなんて余裕があるとは思えない。とはいえ、途中で置いてくるのも不安が残る。
その点水龍さんなら曲がりなりにもドラゴンなのだから、足手まといの一人や二人を守ることくらい造作もないはず、といった寸法よ!




