78 カツうどんは異次元都市で花開くか(雑談回)
「フローラちゃん、カツうどんちょうだい」
「こっちにも三つくれ」
「はーい!少々お待ちください」
プレイヤーたちの街、『異次元都市メイション』にある酒場の一つ『休肝日』では、今日もたくさんのカツうどんの注文が舞い込んでいた。
当初こそ自分たちの考案した品ではないということで渋い顔をしていた料理人たちも、あまりの売れ行きにプライドを刺激されたのか、『カツカレーうどん』や『みそカツうどん』などの派生品作りに躍起になっていたりする。
そんな騒がしい店内を、今日も給仕のフローラに扮したフローレンス・T・オトロは聞き耳を立てながら忙しなく駆け回っていた。
「まあ、なんだ。〔調薬〕の熟練度を上げるためにやったことだというのは分かる」
「〔生活魔法〕で水を作り出すことができるようになれば、必要な材料は雑草だけになるからね。超低級ポーションで練習するのは〔調薬〕の基本みたいなものよ」
「だけど、回復量が一しかないから実質失敗作みたいなものなのよね?それを売り物にしようとは思わないわ……」
「いや、さすがにテイマーちゃんも売るつもりはなかったみたいだ。知り合いにお礼代わりに配っていたのが、いつの間にか人気商品になっていたんだと」
「多分、宿の女将さんから井戸端ネットワークを経て広がったんでしょうね。リアルではほとんど聞かなくなったけど、井戸端会議は『OAW』では未だ現役の情報拡散手段だから」
「……そういう言い方をされると、ただの世間話しているだけの場が物凄く重要なものに思えてくるな」
「口コミってそういうものよ。人が集まれば情報も動くってこと」
「それにしても、ゲーム内時間でわずか十日足らずの間にこれだけのことを起こすとか、テイマーちゃん、やらかす頻度が増えてきていない?」
「うどんの本格提供開始に屋台従業者の組織化もテイマーちゃんが元凶だって話しだしなあ……。むしろやらかしていないことの方が少ないような気がするぜ」
「召喚者ロールプレイでゲームスタートしたとかいう場合とかならともかく、一般人キャラでここまで色々な影響を与えることってできるのかしら?」
「その辺りはやり方次第ってことなんじゃない。まあ、テイマーちゃんの場合はブラックドラゴンの一件で有名になっていたってことは関係しているんだろうけれど」
「そういえば、イベントの『竜の卵』なんだが、卵をブラックドラゴンに返す以外の方法でクリアできたのは今でもテイマーちゃんだけらしい」
「あ、そうなんだ?」
「テイマーちゃんのような勝負を持ちかける以前に、あのブラックドラゴン、やっぱりこっちの言うことなんてお構いなしの、問答無用で攻撃してくることが多いんだと」
「うわー……。デスペナが発生しないように即リセットをすることすら難しそう」
「ということは、テイマーちゃんのように卵をテイムするしかないってこと?」
「その可能性が高いみたいなんだが、そもそも卵の状態ではテイムすることができないって言われている」
「はあ?」
「そして、テイマーちゃんのエッ君のような孵りかけや完全にドラゴンパピーになっているパターンも何例かは報告されているんだが、こっちはこっちでブラックドラゴン並みに問答無用で攻撃してくるそうだ」
「何その手詰まり感……」
「そんな訳で、他のやらかしたことなんかも込みで、テイマーちゃんのあの流れはおかしい、運営が贔屓しているんじゃないかと騒ぎ立てたやつもいるってよ」
「そう言いたくなる気持ちは分からないでもないけど、それでどうにかなるってことでもないでしょうに。というか、他の事に関してはただの僻みよね」
「そう言われても仕方ない。第一、ラノベとかのお約束ってことで、大抵のプレイヤーは何かしらのニポン食や調味料の布教を行っているし」
「マヨネーズ無双は定番中の定番だしな!俺もやったぞ」
「いや、そこで自慢げに言われてもね……。それで、その騒いだおバカはどうなったの?」
「他のプレイヤーを誹謗中傷したってことで、一カ月間のアカウント停止になったそうだ」
「ご愁傷様。まあ、でも、自業自得よね」
「そうだな。アカウント削除じゃなかっただけマシだろうな」
だけど、そういう人に限って妙な逆恨みをしたりするのよね。なんてことを考えているフローレンスなのだった。
「まさか『猟犬のあくび亭』の料理長が元騎士団長だったとは……」
「ああ。ちょっとびっくりだったよな」
「なんだお前ら?もしかしてクンビーラ出身だったのか?」
「いや。同じ『風卿』エリアだが、出身自体は隣の『武闘都市ヴァジュラ』だ」
「俺の方は『迷宮都市シャンディラ』」
「ヴァジュラはともかく、シャンディラは結構離れていたよな?どうしてクンビーラに?」
「いやあ、テイマーちゃんの報告を見ていたら行ってみたくなってな」
「ただの野次馬根性かよ。だが、テイマーちゃんのワールドに行ける訳でもないから、別に珍しいものはなかっただろう」
「まあな。だが、観光案内代わりには使えるぜ」
「それに、今回のように予想外の人物情報とかも手に入れられると、割と面白いイベントが発生するんだよな」
「そうなのか?」
「例えば、帝国だと身分を隠して味方を探して回っているやつの正体を見破ると重用してくれるようになったりとか、極端な展開だと発生する事件を未然に阻止したりもできる」
「でも、話しの持っていき方次第では「怪しいやつ!切り捨てろ!」ってことにもなりかねないんだよな……。事件を防いだ結果、敵対勢力から目の敵にされて身動きが取れなくなった、なんていう話もあるから」
「それ、普通にやばくないか?」
「何をするでもリスクはあるってことだよ。まあ、いざとなれば関連イベントをオールリセットすればいいんだから、リスクを承知で裏ルートを進めるのも面白いもんだぞ」
「ほー。まあ、気が向いたらやってみるわ」
「おう。そのくらいのつもりでいるのがちょうどいいだろうな」
「それにしても、あの料理長が元騎士団長だったってことに驚いているやつはいても、クンビーラの公主がお忍びでやって来ていたことには誰も驚いていないよな」
「そりゃあ、ある意味お約束の展開だからな」
「だよな」
リアルでそんなことをやられたら、警備の人間はたまったものじゃないだろうな、などと思うフローレンスだった。




