779 大っきいのはドラゴン
水没した通路に居たはずがいつの間にか水も滴るいい女になっていた。ありのまま以下略と言いたくなるような状況だわね……。
振り返れば数メートル先には水の壁が見えていたので、強制的に空気を呼び出すか生み出すかしてボクたち周辺にだけ満たした、ということになるのかしらん。
タイミング的に通路一杯みっちりと詰まった巨大なお顔がやったのだろう、という予想がついたことは不幸中の幸いだったかもしれない。
原因不明であれば「遺跡の防衛機能が作動してしまったのか!?」だとか、「ボクたちの知らない別の入り口から入り込んだキューズが何かやらかしてくれちゃったのか!?」などという心配をしなくてはいけなくなってしまうからね。
と、世界各地を旅してそれなりにふしぎ発見な体験をしているボクたちパーティーはすぐに状況に適応して落ち着くことができたのだが、そうはいかない者が約二名存在していた。
生まれも育ちもバーゴの街、孤児院出身のやんちゃ小僧なビンスとベンの二人だ。
「は、はは……。マジかよ、息ができるぜ……」
「実は溺れて気を失って……。痛えし冷てえんだが……」
うつろな表情で明後日の方を向いてぶつぶつ呟いているという、かなりヤバい絵面です。
それでも無意識に頬をつねるなどして状況判断に努めているあたり、危機的状況に対する社長のヴェンジさんを始めゴーストシップサルベージ社の教育の度合いが見て取れるね。これなら遠からず我に返ることでしょう。
まあ、それが良いことかどうかはさておくとしてだけれど。世の中には「あれは夢だったのかもしれない」と曖昧にしておいた方がいい事柄もあるので。
とりあえず彼らが意識を取り戻すまでの間に、ボクたちは情報収集に努めるとしましょうか。
せっかく息ができて喋ることができるようになった上に通路一杯の巨大な頭部という話し相手もいることだしねえ。
「初めまして、ですよね?ボクはリュカリュカ・ミミル。ヒューマンで冒険者をやってます。こっちは仲間で同じくヒューマンのミルファとセリアンスロープのネイトです」
「……ほほう。我のことを恐れることなく名を告げてくるとは、胆が据わった娘であるな」
「お褒め頂き光栄です。まあ、大きな方と話をするのは慣れてますので」
主にブラックドラゴンとかね。
「つきましては、あなたのお名前をお伺いしたいのですが?」
本当はもっと丁寧にへりくだった話し方をするべきなのだろうけれど、どうにもフレンドリーなというか慇懃になりきれない雰囲気が充満しているのよね。
早い話、どうにも目の前のミスターヘッドからはどこの誰とは言わないけれど某黒龍さんと同じようなポンコツさが感じられてしまうのだ。そしてボクはすぐにこの直感が正しかったことを実感することとなる。
「本来であれば人間風情がと怒鳴りつけるところであるが、今日のところは特別に我が存在を教えてやろうではないか」
思わず「それなら別にいいです」と言いたくなるのを我慢しつつ、愛想笑いを浮かべる。
というか、鼻の穴がヒクヒクと動いていて、本当は話したいのがバレバレだったり。だけど、うちの子たちくらいならともかく、頭部だけで数メール四方のサイズともなると可愛くもなんともないです。
「我は『水龍』。この地、ではなくこの湖の支配者である!」
「水龍?水の龍?」
「うむ。その昔にはブルードラゴンと呼ばれていたこともあったな」
「ドラゴン!?」
言われて改めて巨大頭部を眺めてみれば、なるほどドラゴンのような龍のような顔つきに見えなくはない。
なんでもこの水龍さん、ドラゴン種の中でも珍しい『龍』――ニポンなどではお馴染みの身体が長い東洋風なあの姿だね――へと特殊進化した希少な個体の一体なのだとか。
ちょっと待て。それも大事だけれど、こやつめそれ以上の爆弾を投下してくれていたよね?
「ウィスシー、この湖の支配者とか言いましたか?」
「言ったぞ。この湖は我が支配下にある」
中央部には凶暴で巨大な主が住み着いているとされていたけれど、まさかドラゴンというか龍だったとは……。
「りゅ、龍……。ウィスシーの主はドラゴン……」
「マジか。俺たち、ドラゴンに喧嘩売ってたのか……」
このことは地元民でも知らなかった特大の秘密のようで、ビンスとベンの顔は驚きと恐怖で青いを通り越して土気色になっていた。
ちなみに喧嘩云々だが、男の子がよくやる度胸試し的な遊びで、ウィスシーに向かって「主出てこい!やっつけてやる!」と吼えながら石を投げるというものらしい。
バーゴの街だけでなくウィスシー沿岸の町や村の定番の遊びの一つで、基本的に大人にばれてこっぴどく叱られるまでがワンセットになっているもよう。
そのためか、これがきっかけで主の怒りを買って滅びた、などと言う話はないそうだ。
「ふん!子どもの戯言に一々付き合ってなどおれるものかよ」
もっとも、その分領域を犯すように中央部分へと侵入してくる船には容赦しないらしい。
「あれ?今の話の通りなら水龍さんのテリトリーは湖の中央部分ですよね?どうして沿岸の街にある遺跡の中に居るの?」
「それはもちろん我が遺跡の監視者だからだ。この遺跡は『大陸統一国家』時代のものであり、彼の国のやつらは我らドラゴンを含め全ての生き物を支配しようとしていたのだ」
当然のように遺産には危険な代物も多いため、悪心を持つ者が手にしないように常日頃から見張っていたのだという。
「数千年ぶりに人が立ち入った反応があったので慌てて、ゴホン!ではなく早急に確認のためにやって来たのだ」
つまり、すっかり有名無実化して気を抜いていたところに、ビンスとベンが隠し通路を発見して奥の行き止まりまで侵入されてしまい、慌てて様子を見に来た、というのが事の真相であるみたい。
「この遺跡に関心を持つ者には見つけられぬように術を施しておいたのだが……」
ところがどっこい、ビンスとベンは銛漁をしようと近付いたため、水龍の術をすり抜けてしまったというオチだった。
「ぐぬぬ。人間の欲の強さや好奇心の強さを見誤っていたか……」
そのお陰で遺跡に入る目途が立ったボクたちとしては、ドンマイとしか言いようがないかな。
とにかく、これで水龍がここに居る理由は分かった。で、このドラゴンはここで何をやっているの?




