775 さーびすしーん
本話にて推定200万文字突破です!
作者のイメージ的には物語の終盤が近くなっているので、よろしければこのまま最後までお付き合いくださいませ。
水着の購入を終えたらすぐに港へと舞い戻って現地へと下見に向かう。
着心地と長時間の着用で具合が悪くならないかを確かめるため、いつもの装備の下には買ったばかりの水着を身に着けているよ。
もちろん当日と同じく小舟の操縦は例の隠し通路の発見者であるビンスとベンだ。つまりこの下見は予行演習も兼ねているという訳です。
春休みも残り少なくなってきており、リアルの方の時間も押してきているからね。
キューズがこちらへと向かっていることと合わせて、二重の意味で猶予がなくなくなってきていたのだった。
「はあ……。酷い目に合ったよ」
「そ、そうか。それは大変だったな……」
そんなボクたちの後を追うように、ヴェンジ社長の操る小舟がついてきていた。水着の身を着用したカーシーさんを乗せて。
どうしてこんなラブコメチックな時空が発生してしまったのかというと、例のお店のお姉さま方からカーシーさんを助け出すためだ。
お客であるボクたちそっちのけでハッスルして熱くなってしまっており、こちらの買い物が済んだ時点でもカーシーさんの水着選びは難航していた。
しかも討論内容が堂々巡りし始めており、このままではいつまでたっても終わりそうにないという状況に陥りつつあったのだ。
店員さんたちの勢いが怖くてできることならそっとしておきたかったのだけれど、それよりもカーシーさんの機嫌を損ねてしまうことの方が後々に影響来ることは間違いない。
ボクは泣く泣く仲裁に入ることになったのだった。
そして彼女を開放するための譲歩案として引き出したのが、水着姿のカーシーさんと彼女の想い人であるヴェンジ社長を二人っきりにする、というものだった。
そのため、この後あの二人は健全な別行動となります。ええ、きっと健全です。
「大将すげえな。あの格好の姐さんが乗ってるのに、小舟の動きに少しの揺らぎもねえぞ」
見張りという名目で背後の二人をさりげなく観察していたビンスがぽつりともらす。
「意識すると不味いことになるから、操船に集中してるだけじゃねえの」
うん。ボクもベンの予想に賛成だね。意図的に視線を遠くに向けているように見える。
「まあ、アレはね。仕方ないと思うよ」
物憂げな表情で周囲を見回すカーシーさんを見ながら、つくづくそう思う。彼女が着用している水着はオフホワイトのごくごく普通なワンピースタイプで、胸元に大胆な切れ込みがある訳でもなければ背中が豪快に開いているというものでもない。
さらに腰回りから太ももにかけてはパレオが撒かれていて、露出という点ではかなり控えめである。
それにもかかわらず、カーシーさんから放出される色気はとんでもないことになっていた。
その秘密が水着の色だ。単純に水着の白が日に焼けて褐色に近い肌の色合いに映える――逆もまた然りです――という部分もある。
が、それ以上に、リアルでもそうなのだけれど淡い色合いの服は透けやすいという性質がある。これは中のものが透けて見えるという場合もあるのだけれど、それ以上に陰影をくっきりと映し出すということが多い。
特に白や類似色の場合はそれが顕著となる。
ただでさえぴっちりくっきり体型をあらわにしてしまう水着に、陰影まで強調されてしまったことで、どことは言わないけれど彼女の装甲の厚さが惜しげもなく日の下に晒されることになってしまったのだ。
店員のお姉さま方がドヤ顔でサムズアップしている光景が目に浮かんできそうだよ……。
「正直、船の準備をしていて助かったぜ……」
「だな。遠目だから耐えられたけど、近くに居たら兄貴たちと同じ道をたどる羽目になってたと思う……」
カーシーさんが水着のみの格好で社屋代わりの灯台から現れると、ほとんどの社員たちが急用を思い出してダッシュでいなくなってしまったからね。
ああいうのも、蜘蛛の子を散らすというのかしら?
その去り際の挙動がおかしかったことについては、武士の情けで目をつむってあげようと思います。
「彼らの行動に比べれば、ヴェンジ社長の態度はむしろ紳士的だと言えそうですわね」
紳士?果たしてあれを紳士と呼んでいいものなのだろうか?
仮に呼ぶとしても世間一般的には不名誉な意味合いの単語が枕についていそうな気がする。
「まあ、後はあの二人次第ということで、ボクたちは遺跡のことに集中しようか」
「そう、ですね。この先どのような危険があるかも分かりませんし」
「確かに浮かれたままで水に入るのは危険ですわね」
そうだね。浮いちゃったら潜れないよね!などということは頭に浮かんだとしても口に出さず、深く頷くことで同意を示す。
ボクは空気を読める子なので。
こちらの態度が切り替わったことでビンスとベンも後方の二人から意識を外す。若干名残惜しそうな様子だったけれど、それは仕方がないというものなのかもしれない。
この一件が終わればバーゴの街どころか、『水卿公国アキューエリオス』から立ち去ることになるボクたちとは違い、ビンスたちはこれからもあの二人と一緒にいることになる可能性が高いのだ。
しかも現在のゴーストシップサルベージ社においてカーシーさんは実質的に社員たちをまとめ上げており、ヴェンジ社長と並んでのツートップ体制ともいえる。
二人の間がこじれてしまえば最悪会社が崩壊する可能性すらあるのだから、気になるのは当然だろう。
「だけど、それもこれもこの街が、世界があっての話だから」
こちらの方も展開次第ではアンクゥワー大陸全土を巻き込む戦争が起きたり、世界が破滅したりするかもしれないのだ。
気もそぞろのまま立ち向かっては、割と本気で危険が危ない事態になってしまう。
「悪い。気合を入れ直すぜ」
ふむ。スイッチが切り替わったようだし、これなら安心かな。
「あ、それとこの後の小芝居もよろしく」
と言った途端、男子たちはまたもやスイッチが入れ替わり情けない顔をし始める。
「……あれ、どうしてもやらないとダメなのか?」
「というか、あんなのに引っ掛かるのかよ?」
「恥ずかしいっていう気持ちは理解できるよ。どこまで効果があるのかも不明。でもね、どこに誰の目があるのか分からないし、それで騙せるならできることはやっておきたいかな」
駄目で元々、少しでもかく乱できれば御の字というところの作戦だが、やらないよりはマシであるはず。
多分、きっと、めいび―……。




