767 本人が思っている以上に気付かれているものである
問題はヴェンジ社長たちも巻き込むべきかどうかということだ。そして巻き込むとしたらどこまでの人たちを巻き込むべきなのかも考えないといけない。
「手っ取り早いのはこっそりとボクたちだけでやってしまうことだけど……」
「反対です。仮に発覚した場合、方々に不信と禍根を残してしまうことになりますから。せめてヴェンジ社長には話を通しておくべきでしょう」
ネイトは筋を通しておく派か。ミルファは……、頷いているところを見るに彼女の意見に賛成のようね。
これで二対一だからヴェンジ社長たちを巻き込むことに決定だ。
「後は誰にまで話を聞かせるのかだけど、ボクとしては社長だけでなくカーシーさんにも伝えておくべきだと思う」
スポーツドリンクの作成もそうだけれど、ゴーストシップサルベージ社の内向きのことは彼女が中心になっているようなのだ。
これには二人も同感だったらしく、今度はボクの意見がそのまま通ることになったのだった。
それでは件の二人の挙動不審の原因が本当に遺跡にあるのかを確かめておかないと。
クロなのは間違いないとしても、実は密かに別イベント発生のフラグが立っていたという展開がないとは言い切れないからね。
湖上からの遺跡を観察するかたわらで挙動不審な様子を垣間見せた船員二人をヒューマンウォッチングしてみた結果、二人とも不自然なまでに遺跡の方を気にしていた。
これは高確率で何かを知っているね。しかもそのことを秘密にしているのだろう。
決め手となったのは「あの遺跡の中には入れませんの?」というミルファの一言への反応だった。
ヴェンジ社長たちは、
「そんなものがあったなら、今頃は遺跡探索のための冒険者であふれかえっていることだろうぜ。もしかしたら俺たちも一獲千金を夢見て冒険者をやっていたかもしれねえな」
ありもしない仮定の話といった感じだったのだが、件の二人はそれに同調しているようでいてどこか所在なさげに視線をさまよわせていたのだった。
「ところでキャプテン、ボクたちが乗る予定の小舟を操船してくれる人はもう決まっているんですか?」
もうすぐ彼らの根城にしている埠頭に辿り着くといったところで、ボクは話を切り出してみることにした。
「いや、まだだな。まあ、うちの連中には全員泳ぎと小舟の操船はみっちり仕込んであるから、誰が担当することになっても問題はないぜ。大船に乗ったつもりで安心してくれや」
「大将、お嬢たちが乗るのは小舟だぜ?」
そこにすかさず船員の誰かから突っ込みが入る。
「だー!そのくらい分かってんだよ!言葉のあやってやつだよ!本気で「こいつ大丈夫か?」みたいな口調で言うんじゃねえよ!」
うがー!と効果音が付きそうな勢いで社長兼キャプテンが言い返すと、どっと笑いが巻き起こる。
うん。まあ、愛されているということにしておこうか。
とにもかくにも、誰であっても技量的には問題ないとお墨付きを貰えた訳だ。
その後、ボクたちの誰一人として心配されていた船酔いになることもなく、そして緊急事態や魔物とのランダムエンカウントに遭遇するようなこともなく、船は埠頭へと到着するのだった。
先日の湖上の旅もこれくらい平和だったら良かったのに。イカタコの足は食べるものであって、襲いかかってくるものではないのです。
「さっきの話の続きなんですけど、全員問題ないだけの技量を持っているなら、こちらから指名しても構いませんか?」
無事に接岸作業を終えたところでヴェンジ社長に話しかける。
「そりゃあ、構わねえが。……他の仕事が入っている時は遠慮してもらうことになるぜ」
どうして突然そんなことを言い出すのかと疑問に感じたのだろう、胡乱げな顔つきになっていたが、反対されることはなかった。
「ええ。先に入っている仕事を優先するのは当然ですよね」
「そこんところをわきまえてくれるって言うなら、こっちからの文句はねえよ。で、嬢ちゃんたちのお眼鏡にかなったやつは誰だ?」
口調こそ軽いものの目が真剣です。こういう部分が大将と呼ばれて慕われて親しまれている理由なのだろう。
そしてボクは操船の相手として例の二人を指名する。
「あいつらか……。正式な社員になってからは日が浅いが、それこそガキの頃から内に出入りしてたから年の割に腕は良い。嬢ちゃん、人を見る目があるな」
本当のことは言えないので、ここはアハハと笑って誤魔化しておく。
「だが、思いがけない事故が起きてもいけねえ。何せ嬢ちゃんたちはスウィフの旦那から頼まれた大事な客だからな。ちょいと面倒だがしっかりと契約を詰めさせてもらうぜ」
あ、これは間違いなく勘付かれていますわ。
敵意のようなものは感じられないから、挙動不審だったこととそんな二人にボクたちが関心を持ったことを疑問に思ったのかもしれない。
まあ、元より彼も巻き込む算段だったのだ。こちらとしては余計な手間が省けたともいえる。
「お前たち!仕事の話をするから、後で上まで来るように!」
反論も疑問も許さずにそれだけ言いつけると、ヴェンジ社長はボクたちを伴って灯台の上階にある社長室へと移動したのだった。
あ、部屋に戻る時には入口の居場所プレートの在室の箇所にピンを刺していたよ。意外とまめな一面を持つお人だわ。
「おや、お帰り。その調子だと船酔いの心配はなかったみたいね」
「カーシー、ビンスとベンが隠し事をしているようなんだが知ってるか?」
部屋の掃除をしていたらしいカーシーさんが出迎えてくれるも、挨拶もそこそこに社長が本題へと切り込む。
ああ、やっぱり彼らが挙動不審だったことにも気が付いていたのね。
「あの二人が?……うーん、とんと思い当たる節はないわね」
「ちっ!お前が知らないってことは、うちの連中は全滅の可能性が高いか……」
カーシーさんはゴーストシップサルベージの裏のまとめ役――本人は全力で否定しているもよう――だから、社内での噂話などは全て彼女の耳に届いてしまうのだとか。
「実はさっきの巡回中に、あの二人の動きが急におかしくなりやがった。リュカリュカの嬢ちゃんが機転を効かせてくれたお陰で上手く呼び出すことはできたんだが、理由に見当がつかねえってのは居座りが悪くていけねえな」
そして先ほどの二人の様子を聞かされ渋面になっていくのだった。




